Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

高杉 良 『勇者たちの撤退 バンダルの塔』

 1970年代にイランの石油化学プラント事業に賭けた、日本企業の男たちの戦いと葛藤を描いた小説。 

 

 小説ではあるが、関係者への取材をもとに事実にきわめて近い形で描かれており、高度成長期にイランへの投資事業に熱意を投じた登場人物たちの熱がそのまま伝わる内容になっている。題材になったプロジェクト/合弁企業イラン・ジャパン石油化学(IJPC)の経緯は、こちらのサイトが詳しい。もともとは油田の採掘権に付随するイラン側が要請したプロジェクトで、同国初の総合石油化学コンプレックスを建設する。当初建設費は約4億ドルだが、1973年のオイルショックにより事業費は5倍に高騰。そして1979年のイラン革命で工事は中断。この段階で日本政府(旧OECF)の出資が決まり、建設再開と思われた矢先にイラン・イラク戦争が始まった。結局1989年にIJPCは清算となり、投資保険がいくぶん下りたものの、三井物産をはじめとする出資各社は多大な損失計上を迫られた。その後、コンプレックスはイランの国営事業として1990年代に再建、現在は彼らの手により操業されている。

 

 本書では、主要各社のキーパーソンが、イラン側出資者と交渉を重ねてプロジェクト化にこぎ着け、数千人規模の日本人コントラクターを抱える巨大な建設現場を指揮し、プライドの高いイラン人ワーカーとの協働に試行錯誤しつつも、なんとか軌道に乗せていく様子を丹念に描く。その裏では、革命の足音が徐々に忍び寄り、革命勃発を契機として、日本人駐在者は忸怩たる思いで撤退を迫られる。撤退時のコンプレックスの建設出来高の数値を淡々と並べる終盤の描写は、プロジェクトに文字通り命を賭けた男たちの無念さがにじみ出る演出になっている。

 

 物価高騰に革命、戦争という海外投資プロジェクトで真っ先に考えられるリスクが見事なまでにきれいに発現した例として、IJPCプロジェクトは現代でも際立った存在感を放つ。なぜナショナルプロジェクトにしなかったのか、政治リスクの分析をおろそかにしていなかったか、いろいろな疑問はわくが、それらはすべて後代の者が後付けで考えることである。高度成長期の当時、日本のプライドを賭けて遠い異国の地で汗と涙を流した先人たちのハングリーさは素直に尊敬に値するし、同時に、後代の我々に多大な教訓を残してくれている。

 

(徳間文庫、2005年)