Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

アレクサンドル・ソルジェニーツィン 『イワン・デニーソヴィチの一日』

 スターリン体制下のソ連強制収容所での一日を描写した、文豪ソルジェニーツィンの処女作。

 

 主人公のシューホフ(イワン・デニーソヴィチ)は、ドイツ軍の捕虜になった咎で強制収容所ラーゲリ)での生活を余儀なくされる。収容所での生活は著者の実際の経験をもとに書かれており、その描写はディテールを極める。起床、点呼に始まり、日中は極寒の中で建設工事の労働にあたる。労働の後の食事、気を休める間もなく消灯。その中でも、シューホフは、自らの石工仕事の出来栄えを気にしたり、私心のない班員を気にかけて食べ物をくれてやったり、一端の人間性を失わないでいる。また、コックの目を盗んで食事の皿を多めに取ったり、他の班員が外から小包を受け取るのを助けて報酬をもらったり、厳しい生活の中でもしたたかに過ごしている。彼を取り巻く人間は多種多様な出自を持ち、彼らとの会話の中に、当時のソ連の社会の縮図が透けて見える。

 

 本書は、著者の処女作にして最高傑作と呼ばれる。ディテールあれど無駄な描写はなく、そこに社会の縮図と人間味が浮き上がる。厳しい環境を描いていることに変わりはないのだが、したたかに立ち回り地に足をつけて生きる主人公の姿に共感するし、ときに温かい気持ちにすらなる。巻末の役者解説によれば、かつて本書が世に出る際、編集者は「作者は登場人物たちの運命に対して読者の心に哀傷と痛みをひきおこさずにはおかないが、その哀傷と痛みが絶望的な打ちひしがれた感情とは少しも共通点がないという点に、芸術家としての疑う余地のない勝利がある」と紹介したらしいが、まさにそのとおりと感じた。折に触れてまた読み直したい作品。

 

木村浩訳、新潮文庫、1963年。原著:1962年)