Foomin Paradise (読書ブログ)

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大木 毅 『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』

 戦史・軍事史事著述家の大木氏が、最新の史料に基づいて第二次大戦中の独ソ戦を解説した新書。

 

 独ソ戦は、スターリンの錯誤、ヒトラーとドイツ軍の楽観により始まった。当初ドイツの電撃戦は成功に見えたが、ソ連軍の抵抗と補給路の延伸より、ドイツ軍は徐々に消耗していく。ソ連軍は解散当時スターリンの粛清によりほとんどの将官を失っていたが、侵略の防衛という大義のもとで総力戦の体制を整えていく。

 その中で、独ソ戦は、通常戦争に加え、収奪戦争と絶滅戦争の様相を強める。ナチスドイツの人種蔑視と「生存圏」思想、敵地での補給欠如は、ドイツ兵を様々な蛮行に走らせた。対するソ連も「大祖国戦争」の大義の下、プロパガンダで憎悪を煽り、ドイツ人捕虜や民間人への過酷な扱いを促す。

 最終的にソ連は、大幅な追加戦力の動員と「作戦術」による戦略次元での優位、米英からの軍事支援を受け、戦争に勝利する。ただ、その損害は筆舌に尽くし難い。当時のソ連人口約1億8900万人のうち民間人を含め2700万人もの命が失われたとされる。絶滅戦争の性格ゆえに講和の道を選ばなかったドイツは、最終的に首都ベルリンへの侵入を許し、こちらも民間人を含め莫大な損害を出した。戦後、ソ連は、ドイツに代わり中部・東部ヨーロッパを事実上支配。今日のプーチン政権に至るまで、「大祖国戦争」の成果を、体制の妥当性を示す歴史的根拠として最大限に活用している。

 

 ファーガソン『憎悪の世紀』でも描写された絶滅戦争としての独ソ戦の内幕が、最新の資料をもとに、きわめて平易な文章で記載されている。巻末の文献解題や軍事用語解説、年表も充実しており、このテーマに関する絶好の入門書になっている。為政者が民族対立を煽っている点や、侵攻側の楽観・戦略の欠如など、現在進行形のウクライナ戦争を彷彿とさせる箇所もある。このような情勢下、独ソ戦の経験を振り返ることの意義は、残念ながら今日でも決して薄れていない。

 

岩波新書、2019年)