Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

原 雅裕 『西アフリカの教育を変えた日本発の技術協力』

 ニジェールで2004~2006年にかけて実施された日本の技術協力「みんなの学校プロジェクト(住民参加型学校運営改善計画)(http://www.jica.go.jp/project/niger/6331038E0/
)」のチーフアドバイザー・原氏の記録。

 2003年にニジェール政府と世界銀行によって始まった学校運営委員会(COGES、学校ごとに保護者・地域住民によって構成され、行政が担ってきた意思決定や予算執行権限を委譲する。日本でいうPTAが強化されたもの、と考えると分かりやすい)制度を推進するため、COGESの運営や学校活動計画の策定、管理の手法を技術移転するために始まったのが「みんなの学校プロジェクト」。慢性的に教育予算が足りないニジェールでは、学校を誘致し、教師を招聘し、教室や文房具の手配をするうえで、伝統的に保護者・地域住民が大きな役割を果たしてきた。原氏は、「地域の住民と行政がいっしょになって、地域の学校づくりを支援するプロジェクト」と噛み砕いて紹介している。

 現在同プロジェクトはフェーズ2の段階にあり、過去にプロジェクトに関わった人は数多い。人によって評価は異なるかもしれないが、停滞していたニジェールの教育行政に風穴を空け、意欲ある保護者・地域住民を学校運営の主役に押し上げたこと、西欧ドナーによる高価で大掛かりな技術協力に対するアンチテーゼを示したこと、そして何より、多くの受益者-新しい校舎や机や椅子、文房具などを手にした生徒たち-を数多く生んだことは、このプロジェクトがもたらした明確な成果である。
 同プロジェクトの詳細は本書や多くの評価レポートに譲るとして、ここでは個人的に考える本プロジェクトの成功要因を幾つか挙げてみたい。

 1つ目は、プロジェクトのスピード感である。2000年にニジェール川のほとりで世界銀行の専門家からCOGESのアイデアを聞き、当時西アフリカ教育分野の広域企画調査員であった原氏は、プロジェクトのアプローチを徐々に固めていき、COGES政策の省令が発布されてわずか8ヵ月後に同プロジェクトを開始した。プロジェクト開始後も、最初の1年で最初の対象校で2回の学校活動計画を実施するなど「短期的成果」を積み上げ、他ドナーの類似プロジェクトに対する比較優位のアピールに成功した。「8ヶ月もかかっているのか」という指摘もあるかもしれないが、国際約束の締結に始まりとかく手続きが煩雑な開発援助の世界では、プロジェクトの発案から開始までに数年かかることもざらにある。本プロジェクトがニジェール側の政策的要請に合ったタイミングですばやく成果を発現させたことは、発案から開始まで一貫して関わることのできた原氏のような存在に帰するところが大きいとはいえ、全ての開発援助機関が第一の教訓として学ばねばならない点であると思う。

 2つ目は、行き届いた現場への想像力である。プロジェクトの内容の殆どが、COGESの立ち上げや事業計画の策定に関する行政官やCOGES委員に対する研修の実施であるが、ただ単に決められた制度や手続きを教えるだけではなく、住民集会での説明・質疑応答のシミュレーションまでが研修内容に入っている。伝統的に地域の有力者が担ってきた保護者会から直接選挙で委員を選ぶCOGESへの移行を住民にどう説明するか。学校活動計画の実施は住民による拠出金・賦役の負担によって行われることが原則で行政やドナーの支援は二次的なものであることをどう説明するか。机上の政策設計者が忘れがちな「難関」をしっかり抑えている。小学校建設無償のソフトコンポーネントを活用してCOGES立ち上げのトライアルを行うなど、働かせた想像力を実際の現場で検証し、精度を高める努力も怠っていない。

 3つ目は、最小限の投入にこだわり続けた点である。外部雇用の啓発員を雇用するなど高価な仕組みを採った他ドナーの類似案件を尻目に、計画能力、動員能力、透明性、リーダーシップを備えた「機能するCOGES」を作ることで、かつその実績を積み上げることで、「ミニマムパッケージ」の有用性を示した。積み上げた実績は、約1億円の費用で、約1万校。これらの学校で、保護者と地域住民が自主的に計画、費用を分担し、校舎の改修や机・椅子の設置、校舎内のトイレや井戸の設置、文房具や給食の手配、APPクラブと呼ばれる生産実習活動を行い、今も続いている。この「ミニマムパッケージ」は、大規模な予算を持たないニジェール政府の要求に合致、当初の対象地域を超えてニジェール全土に展開していった。

 原氏の文才によるところが大きいが、開発援助関係者が使いがちな専門用語を可能な限り排したうえで、なぜプロジェクトが始まったか、どのような課題に直面し、どのように対処していったか、ストーリー形式で平易に記述されており、大変読みやすい。社会開発、教育、アフリカに関心がある方に幅広くおすすめ。

ダイヤモンド社、2011年)

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