Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

玉真 俊彦 『水ビジネスの教科書 水サービスを発展させる官民協働と業務改善の進め方』

 NJS経営工学研究所などで上下水道の技術・経営に長く関わってきた玉真氏が、世界の水問題や国内外の水ビジネスの現状と展望を、一般向けに平易に解説した本。

 上下水道の分野では、長年にわたって地方自治体が大きな存在感を見せているが、近年国内でも民営化の動きが進んでいるほか、海外では日本企業が従来の施設整備に加えて維持管理も目指す動きが加速している。こうした大きな流れの中にあって、この分野を平易に解説しようとする試みは多くなされているが、本書は数ある類書の中でも、もっとも分かり易く書かれているものの部類に入ると思う。世界で不足する水資源、民営化とそのバックラッシュの動き(再公営化)、世界各国の水市場概観、淡水化や膜処理、下水再利用などの先端技術、日本の水市場の構造と官民協働の動きなど、この分野で鍵となる事項が網羅的に解説されており、この分野の初心者としては大変ありがたかった。

 本書の中で強調されるポイントのひとつは、これまで日本企業はポンプや膜などの機器や素材の供給を得意としてきたが、将来的にはプラントの設計・調達・建設(EPC)にそれらの維持管理(O&M)を合わせた「トータルの事業マネジメント」を手がけることが必要になるだろう、というもの。日本企業が海外で維持管理・運営を手がけるプロジェクトの例としては、日立プラントテクノロジー社のモルディブ国マレ市の上下水道事業への出資三菱商事フィリピン国マニラ首都圏東地区上下水道事業への出資三井物産東洋エンジニアリングメキシコ国ハリスコ州の下水処理事業への出資(以上はいずれも事業運営会社の一部株式保有)、丸紅のチリ国バルディビア市上下水道事業への全株式取得・買収などを紹介している。民間企業のみならず東京都横浜市北九州市といった地方自治体も近年海外での事業展開に積極的になっており、こうした動きは今後も加速すると思われる。本書でも指摘されているように、先行する欧米勢に食い込むためには、この動きをODAや政策金融を使ってより直接的に支援して行くことも必要だろう。
 
 水道事業民営化の是非について考える際のファクトも多く提供されている。「民営化の失敗事例は、発展途上国で進められた民営化プロジェクトの約3分の1にのぼっており、これらの多くは再公営化されて」いるが、他方で全体的なスタンスとして玉真氏は「最近では、こうした失敗事例の教訓から、純然たるコンセッションといった形態ではなく、設備投資に公共の資金も投入するなど、その国に合った方法が導入される事例が増えています。いわば民営化もやり方次第で、頭ごなしに民営化自体を否定する必要はないでしょう」とバランスを取った立場に立つ。再公営化された海外案件の例としては、安易な計画が頓挫しスエズ社が撤退を余儀なくされた米国アトランタ市をはじめ、フィリピン国マニラ首都圏西地区、アルゼンチン国ブエノスアイレス市、ボリビア国コチャバンバ市の事例などが簡潔に取り上げられている。また国内の民営化動向(公営水道の民営化第一号は2009年の新潟東港水道とのこと)についてもページが割かれている。とくに最近適用例が増大しつつある第三者委託制度に関し、巻末に付されている委託元の自治体担当者及び委託先の現場所長への詳細なインタビューは、委託業務の最前線に立つ発注者と受注者の考えが率直に綴られていて、とくに参考になる。

(2010年、技術評論社

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