Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

P・クリスフリ、A・レドモンド 『Rwanda Inc.』

 「アフリカの奇跡」と形容されるジェノサイド以降のルワンダの経済発展と、それを成したカガメ現大統領のリーダーシップについて描いたノンフィクション。

 著者は米国人ジャーナリストと経営コンサルタントだけあって、偏ったイデオロギーやややこしい経済理論を抜きにして、カガメ大統領はじめ政府や民間のキーパーソンへの取材結果を中心に現在のルワンダをファクト中心で切り取っており、文章も平易で分かりやすい。具体的には、和解と統一の試み、カガメのリーダーシップ、その政府の諸政策、とくに社会開発、インフラ、外資誘致政策、そして昨今の外交面の試練と次期大統領選挙について取り上げている。タイトルの『Rwanda Inc.(株式会社ルワンダ)』というのは、ルワンダを一企業、カガメをCEOに見立てた、本書での著者独特の分析手法から来ている。

 1994年の大虐殺以降のルワンダは、年率平均で8%以上もの大幅な経済成長を遂げ、また貧困削減や所得不平等の低減についても高い実績を積み上げてきた国として知られる。この「アフリカの奇跡」は、指導者であるカガメ大統領のリーダーシップと、この国の自己決定と自立の精神によって生み出された、というのがこの本の主張だ:
「包括的なビジョン、過酷なまでのディテールへの関心、そして何が何でも実行するという強い意志といった点において、彼(カガメ大統領)は企業のリーダーと酷似している。ルワンダ経済が民間部門を志向し、自由主義を掲げ、その統治構造が透明性を促し汚職を絶対に許さない姿勢を続けていることからも分かるとおり、彼の統治手法は、企業のCEOのそれと比較せずにはいられないものだ」
 本書では、同大統領の指揮のもと、内戦後の和解の試みや、農業(数年前に自給達成)、保健医療、教育、インフラ整備といった分野での施策がどのように成果を上げてきたか、具体的なエピソードが数多く紹介されている。例えば保健医療の分野だけを取ってみても、国民皆医療保険制度の創設、マラリアなど感染症罹患率の大幅な削減など、その成果は目覚ましい。
 またそうしたエピソードの前段として、カガメ大統領本人へのインタビューを交えつつ、同大統領の生い立ちや、彼が率いた創設期のRPF(内戦時代の反乱軍、現与党)の様子にも触れている。とりわけ同大統領の隣国ウガンダでの厳しい難民生活や、絶望的な状況から反乱軍を立て直した経験が、彼の考え方に少なからず影響を与えたことがうかがえる。

 彼の考え方を端的に表すキーワードは、明確なビジョンと、厳しい規律。
 例えば現在のルワンダでは、分野ごとの開発計画において、ときに野心的とも思える高い目標が設定されることが少なくない。その背景には、本書でも紹介されている、「2020年までに中進国入りを目指す」とした、2000年に政府が作成した包括的な開発計画文書『ビジョン2020』の存在がある:
「この目標を定めるにあたり、野心的すぎる、現実的ではない、と言う人もいるだろう。単なる夢物語にすぎない、と言う人もいるだろう。しかしルワンダにどんな選択肢があるというのか。現状に留まることは、ルワンダの人々にとって単純に受け入れられないものだ」
 自分はこの下りを最初に原文で読んだとき、思わず鳥肌が立ったのを覚えている。野心的な目標ではあるが成さねばならないのだ、それが我々の仕事なのだと、ここまで明快に言い切り、そしてそれを実現してきたところに、カガメ大統領とその政府の凄さがある。
 そしてその実働部隊である政府職員には、厳しい規律が求められる。この国の政府機関や地方自治体は「イミヒゴ」と呼ばれる成果契約を大統領と取り交わすことになっており、その達成状況は、職員の人事評価と連動して厳しく評価される。また政府職員の汚職を許さない姿勢は徹底しており、本書によれば、この点は外国の投資家がルワンダに進出する際の決め手になっている。

 クリアなビジョンを持つ指導者と、それを実行しようとする強くて清廉な政府というのは、他のアフリカ諸国、あるいは先進諸国ですらもなかなか持ち得ない稀有なものだ。しかもルワンダではその方向性が間違っておらず(サービス型経済への転換、強力だが小さな政府、外資の積極誘致)、経済成長、貧困削減、不平等の削減という「三重の成果」も目覚ましいものがある。ジェノサイド当時の様子を描写した他の様々な本(たとえばゴーレイヴィッチ)も併せて読むと、この国が過去20年間どれだけの転換を果たしてきたのか、その凄さが良く分かる。

 とはいえ、その経済面でさえも、まだまだ課題はある。大きなものは、本書でも指摘されている、官僚に求められる過度な透明性の裏返しでもある非効率なお役所仕事、またジェノサイドに起因する技術を持った人的資本の層の薄さだろう。またそもそも人口1200万人の内陸国であるため、どんなに高い経済成長を達成しても成しうる経済規模はたかが知れており、東アフリカ共同体諸国との経済統合は不可欠である。ただし自国より大きなタンザニアケニアウガンダルワンダとほとんど遜色ないレベルの経済成長率を見せている以上、より一層の独自色を出して行かないと、同共同体の中で埋没していく可能性も孕んでいる。

 冒頭で断り書きが入っているように本書は「あくまで経済とリーダーシップについての本」だが、実際のルワンダ情勢を見るときは政治面も避けては通れない。2012年後半の東コンゴ騒乱への関与を国連から疑われるなど、政治外交面におけるカガメの毀誉褒貶はこのところとみに激しく、また野党に対する抑圧的な姿勢も、基本的なところでは以前から大きく変わってはいない。国民の和解と統一も表面的には進んだように見えるが、政府や民間の要職はかつてのツチ族が占め、農村においても人口圧が高まる中(土地政策の限界)、水面下で胎動するマグマが完全に静まったと判断するのは時期尚早だろう。自身のカリスマと強権でこうした不安定要素を抑え込んでいるカガメの存在は、まさにこの国の中で唯一無二である。彼が2017年まで特段のアクシデントなく操縦桿を握り続けられるか、その後に(自身の続投可能性も含め)誰を後継指名するかが、この国の将来にとって死活的に重要なターニングポイントになる。

※2013年12月18日に加筆しました。

(Patricia Crisafulli and Andrea Redmond, Palgrave Macmillan, 2012)


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