Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

軍司 泰史 『シラクのフランス』

 1995年から1999年にかけて共同通信記者としてパリに駐在した軍司氏による現代フランスの政治・経済・社会を描いたルポルタージュ。欧州統合の試練と大規模スト、核武装と独自外交、エリート達の「一元思考」、コアンビタシオン、移民問題と極右政党、アメリカへのコンプレックス。2011年の現在にも通じる現代フランスの諸相が記者らしい簡潔な筆で記されており、勉強になる。
 
 本書の冒頭では、1995年初冬に数週間も続いた大規模ストの様子が克明に語られており、同僚などから断片的に聞いていた情報の全体像を、今回鮮明に理解することができた。事の発端は、就任直後のシラク大統領が、新通貨ユーロの参加条件である財政赤字目標を達成する必要に迫られ、選挙以来掲げていた国内社会保障財政出動重視の政策を180度転換したことにある。パリでは一切の公共交通機関がストップし、人々はマイカーやヒッチハイクで通勤せざるを得なくなる。道にはゴミがうず高く積まれ、郵便も遅配が常態化するが、それでも人々はストを支持する。国民やメディアは、政策転換の必要性を国民に十分説明しなかったシラク大統領や政府上層部を、自分達とは別次元にいるグランゼコールhttp://blogs.yahoo.co.jp/s061139/34375529.html
)出身のエリート達の「一元思考」と揶揄する。
 こうした市民生活を麻痺させるほどのストを長期化させるというのは、政府の政策に対して受け身になりきった日本人の感覚からすれば、驚きを通り越してときに奇異にさえ映ってしまう。先日、フランス在住歴の長い職場の同僚と日本における(特に若年層世代の)政治不信について話していたところ、「政治不信という言葉を使うこと自体が、日本人が政治に対して受け身になっている証拠。フランス国民は革命以来、自らの政府に能力がないと判断したときは、自らの手で時の政権を葬ってきた。受け身になるどころか、自分自身も政治の主体と思っている」旨のコメントを頂いた。何でもかんでもデモを起こすのが必ずしも良いこととは思わないが、この政治に対する主体者意識の高さは、日本人として見習わねばならないところ。受け身になって諦観するよりも、こちらのほうがよほど建設的である。

 本書が「ルペンのフランス」として取り上げたフランスの多極主義の進展に伴うひずみは、解消されるどころか現在でも加速する一方である。2002年の大統領選ではシラクに次いで極右のジャンマリ・ルペン氏が決選投票に進出したが、2012年の大統領選では、その長女であるマリー・ルペン氏が、社会党候補に次いで決選投票に進出する可能性が高くなっている。欧州の中でも屈指の他民族国家であり、自由や平等といった革命以来の理念を一にする限り異文化に対して寛容であったはずのフランスでも、グローバル化に伴う企業競争の激化や福祉政策の後退も重なって、移民に対する風当たりは年々強くなってきている。フランス以外の欧州に目を向けると、先日ノルウェーでは極右思想の青年による未曾有の大規模殺戮テロが発生した(こちらは、進む少子高齢化に呼応して近年性急に移民受け入れを進めた左翼政権に対するバックラッシュとみられている)。
 国境を閉ざすよりは開けることが前提となる現代国家においては、遅かれ早かれこうした問題に相対することは避けられない。日本にも全く当てはまるが、問題そのものに蓋をしてしまうのではなく、むしろ異文化間で不信を生む土壌を可能な限り排すること、特に透明かつ公平な経済・配分政策を進めるに注力することこそが、長期的な問題の改善の鍵になると思う。

(2003年、岩波新書

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