Foomin Paradise (読書ブログ)

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前田 充浩 『金融植民地を奪取せよ ジリ貧日本を救う「投資パラダイス」の発想』

 前著『国益奪還』で日本のタイド円借款が国際規制の対象となっていった過程を明らかにした前田氏が、現代の新興国のインフラ整備のための日本の開発ファイナンスのあり方を論じた本。

 本書の議論の前提は、開発ファイナンスと投資の「ハイパー・サイクル」によって自国企業に恩恵をもたらすため、投資先にとっていかに条件の良いファイナンスを提供できるか、先進国どうしが国際規制によって互いをけん制しつつ、市場を荒らそうとする新興国は徹底して叩き潰そうとしている、という世界観である。国同士の外交というのは、テーブルの上で握手をしながらテーブルの下で蹴り合うといったことは至って普通であるので、この前提自体にはさほど疑義は感じない。

 前田氏も懸念しているように、確かに開発ファイナンスは「対象国の経済社会開発」を第一義の目的として供与するものであり、「自国企業の輸出・投資促進」としての意義を強調するのは一見ナンセンスに見えるが、実際のところその境界線は極めて曖昧であると言っていい。そもそも日本の開発援助第一号は1954年の対ビルマ賠償であり、その実務は旧日本輸出入銀行(現国際協力銀行)によってなされた。こうしたアジア各国への賠償を中心とした初期の開発援助はその殆どが借款だったが、その資金によって多くの日本企業がプラント輸出やインフラ建設を受注し、日本の経済復興に一役買ったことは各所で指摘されているOECDによって政府開発援助(ODA)の定義が定められタイド借款の自由度が大きく狭められた現在でも、現国際協力銀行が日本企業や相手国政府・企業に対して多額の輸出信用を供与しているし、援助実施を担当する国際協力機構も昨今の開発における「官民連携」の流れに沿って、日本企業に対する投融資事業(海外投融資)を再開するとともに、民間企業との合同インフラ事業(PPP)実現に向けた調査案件を公募するなどしている。

 前田氏は、アジア通貨危機を「日本の敗戦」とした上で、「日本は1990年代半ばには、円借款制度の10倍以上、すなわち数兆円の額を供与できる開発ファイナンスの仕組みをつくっておかなくてはならなかった」、と言う。例えば当時のタイは、公的資金に頼らずとも数兆円単位の多額の国外資金を動員することができたが、あまりにも急激に国際金融市場に晒されたために、(通貨と期間の)二重のミスマッチによって通貨危機を招くことになった。国内向けの長期開発資金を、短期指向の金融市場に依存せずに動員できる仕組みがあったなら(例えば日本が上述のような新しい開発ファイナンスを提供できていれば、)かの通貨危機はまた違った展開を見せていたかもしれない。前田氏は、日本が戦後間もなく開発した円借款制度をそのまま数十年も使い続けている現状を、旧日本軍の大砲巨艦主義への固執にすらなぞらえている。

 同氏の新しい開発ファイナンスの提案は、従来の円借款ODAの枠組みを超えて、世界中で多大なインフラ資金需要が生まれていること、国家間の資金の流れが国から国への直接融資に限られていた戦後初期と違って現在では多額の民間資金と新たな金融手法(プロジェクト・ファイナンス証券化)が生まれていることを踏まえたものである。すなわち、まず開発ファイナンスを1.エクイティ(株式)、2.融資、3.保証、4.贈与の4つのカテゴリーに分け、融資については更にコーポレートファイナンスとプロジェクトファイナンスに分ける。インフラ整備等についてはPPPを全面的に適用し、投資資金が民間ベースで回収可能なものは民間資金の供与を基本とし、先進国政府は案件の赤字規模に関する入札を行う(「赤字補填型借款」、インドのインフラ金融公社で前例あり)。更にインフラ案件ごとにプロジェクト・ボンドを起債することも提案している。

 こうした提案に沿って、出来るところは民間に任せる、というスタンスを追求すれば、途上国インフラ整備における先進国政府の役割は、1.案件発掘・形成(FSなど)、2.赤字補填ファイナンス(ペイしない部分のみに対するファイナンス)、3.必要箇所に対する技術支援の3点くらいに収斂されそうである。ただ、財務・法律に精通した多数のスタッフを必要とするプロジェクト・ファイナンスの組成やプロジェクト・ボンドの起債を途上国で本格化させるにはさすがにまだまだ時間が必要だし、上述の「赤字補填型借款」も国内事業であればともかく国境をまたいで実施する場合には乗り越えねばならないハードルはかなり多そうである。しかしこうしたハードルを考慮に入れても、前田氏の提案はじゅうぶん魅力的だし、長期的な検討議題の俎上に載せねばらないものではあると思う。

(2010年、プレジデント社)

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