Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

白井 さゆり 『欧州迷走』

 米国の住宅バブルに端を発した2008年の金融危機が、欧州にどのような影響を及ぼしたか、研究者の白井氏が主要各国の背景と当時の現状をまとめた単行本。白井氏は当時パリに滞在しており、欧州の「迷走」を実地で目撃した。けっして学術書の類ではないが、当時の欧州主要国の概況を日本語で手っ取り早く知りたい人には参考になる。また、現在進行形で進む欧州の財政危機を理解するうえで、その引き金の一つとなった2008年の危機について振り返ることは、2011年の今も一定の価値がある。

 白井氏は、欧州で危機の影響が大きかった理由を、①米国以上に大きな住宅ブームを教授した国が複数存在したこと、②欧州の金融機関が積極的に米国のサブプライムローンを含む証券化商品に投資してきたこと、③欧州の先進諸国の金融機関が新興諸国(東欧やバルト三国)に過剰な投資を行ってきた点を挙げている。特に大きな打撃を受けた国とその背景を本書に沿って簡単にまとめると、以下のようになる。

英国:
 高度に発達したクロスボーダー業務を行う金融部門を有し、米国のサブプライムローン等の証券化商品に多く投資しており、リーマンショックの影響をもろに受けて対外資産・債務を大幅に減らした。また米国同様、証券化商品を駆使した住宅ブームを抱えており、危機と同時にバブルも弾けた。(米国式ルール・ベースではなく)FSAに代表されるプリンシプル・ベースの簡易な金融監督体制も、危機への迅速な対応を妨げた。
ドイツ:
 公的所有銀行(州立銀行や地方貯蓄銀行)の存在感が伝統的に大きく、過当競争による国内業務のマージンの薄さや不十分なリスク分析によって、銀行部門が米国のサブプライムローン関連商品に多く投資していた。また東西統一以降、業界全体の国内賃金を抑えつつ輸出産業の新興を図ったため、内需が低迷する一方、危機による外需激減の影響をもろに受けることになった(労働者保護と高福祉により危機下でも手堅い内需を見せたフランスとは好対照)。
アイルランド
 近年の奇跡とも呼べる経済成長により脱工業化が進み、金融部門及び不動産・建設部門への銀行資金の流入が加速していた。本来はインフレ抑制のために金利を引き上げる必要があったものの、統一通貨ユーロを採用していたために過熱する景気を抑え込むことができなかった。銀行部門によるサブプライムローン関連商品への投資は少なかったが、もともと英米市場との結びつきが強かったため、世界的な信用収縮の影響をもろに受け、不動産・建設市場のバブル崩壊も相俟って大きなダメージを被った。
スペイン:
 基本的な影響の構図はアイルランドと同じ。ただし非正規雇用の拡大によって賃金抑制を実現してきたスペインでは、危機に際して非正規雇用者の失業が相次ぎ(日本と同じ構図。堅実な国民性もあって正規雇用者を含む業界全体の賃金抑制を実現したドイツとは好対照)、新たな社会不安を呼んでいる。
バルト三国
 独立以降、国内の構造改革を推し進め、高い経済成長率を実現してきた。その過程の中で、国内の銀行部門は殆ど全て欧州の外資系銀行によって担われることとなったが、危機に際してこれら外銀が子会社・支店への融資を細らせたために、国内の銀行仲介機能が停滞し、深刻な景気後退を招いた。欧州統合の深化に伴う対外債務の膨張、過熱気味の国内景気も、危機の進行に追い討ちをかけた。
アイスランド
 銀行部門全体の資産額がGDPの9倍にも及ぶ、身の丈を超えた巨大な銀行部門を有しており、経営は健全であったものの、国際金融市場の信用収縮に伴い資金調達が困難となり、一気に銀行危機、国家危機へと発展した。危機前には、過熱気味の国内景気に際して中央銀行金利を引き上げたが、かえってユーロ圏との金利差を生み海外からの投資が加速するなど、景気をコントロールできなかった。EUにもユーロにも加盟していないため、ECBによる公的支援を受けられなかった。

(2009年12月、日本経済新聞出版社

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