Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

前田 充浩 『国益奪還』

 研究者の前田氏が、OECDhttp://blogs.yahoo.co.jp/s061139/34934144.html
)において日本のタイド円借款が全面的に規制されるに至った経緯を詳細に綴り、国際的なレジーム形成における日本のあり方を論じる新書。

 同氏が、日本では「特に敗北の場合、その交渉過程を国民の目に晒すことは自らに対する批判を招くことになるために情報を公開しないのであろう」「(敗北の)ケース・スタディを可能にするような資料は、日本のどこにも存在していないことが多い」というのは、日本の官庁の性質を考えると、おそらくその通りであろうと思う。前田氏が取った「外国に保管されている資料を入手し、また(勝者である)外国の政府関係者にインタビュー調査をする」という方法論は正しいと思うし、また類似の方法論によって政策・行政研究を行う日本の研究者がもっと出てきて欲しい、とも思う。
 各種の国際会議において、共同作業の遂行によって国を超えて国際会議出席者間に「共愉」が生まれること、(欧米と違って2、3年で政府代表が交代することに主に起因する)日本が議題の枠組み作りに直接貢献するのではなく、自国の短期的な利害のみを基準とした散発的なコメントに終始することが多いことも、残念ながら本書が指摘するとおりだろう。これは一朝一夕に改善されるものではなく、政府の外交担当者の人事のあり方の再検討に加えて、日頃から国内の研究者やメディア、政策担当者の間で国際問題に関する合理的・批判的な議論が繰り返される土壌が必要である。特に後者は、米欧(そして最近では多くのアジア諸国)と比べて日本が圧倒的に弱い部分であり、これはもう若い世代がどんどん海外に出るなり海外の情報をどんどん国内に入れていくなりして、他国との比較を通じ(感情的に危機感を煽るのではなく)地道に問題意識を育てていくくらいしか、処方箋が思い浮かばない。

 本書は、数ある国際会議の中でもかなり重要な部類に属するであろう輸出信用(及び援助借款)に対する規制レジームの構築において、日本がその時々の新たな枠組み作りにおいていかに他国の後塵を拝してきたか、鮮明に解き明かしている。日本の政府代表が「Please call me Mr. 10%!」と言いながら、輸出信用の最低金利を各国ごとの市場金利に即したものとする(金利の低い日本にとって有利になる)一方、開発援助の最低譲許率の計算に用いる割引率は市場金利にあわせず10%固定のままとする(10%を下回る分を全て贈与とみなすため、金利の低い日本にとって有利になる)よう主張するくだりは、まさに上述の「短期的な利害のみを基準とした」姿勢の最たる例といえる。論理一貫性のない発言は、国際会議においてはまともに取り上げてはもらえない。
 数十年にわたって外堀を埋められ続けた結果、一部の例外を除き、基本的に日本の円借款は殆ど全てアンタイド条件での供与となっている。本書200~202ページに記載されている、援助借款に対する規制の変遷を記した著者作成の図表は、日本企業の海外進出に莫大な貢献をした戦後のタイド借款が、首を絞められるように徐々に息の根を止められてゆく様子が一目で分かり、大変参考になる。もちろん全ての分野を見渡せば、日本が積極的に議論を主導し結果的に有利なポジションを勝ち得たケースも過去にはあったのかもしれないが、ことタイド援助借款に関して言えば、これは日本の鮮やかな完敗というしかない。この「敗北」のケーススタディは日本国内でもっと共有されるべきだし、政策担当者はTPPをはじめ眼前に控えている重大な国際交渉の場でこうした教訓を十分に生かしていかねばならない。

(2007年、アスキー新書)


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