Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

鎌田 慧 『日本の原発危険地帯』

 ジャーナリストの鎌田氏が、原発地帯を直に歩き、住民や自治体が原発を受け入れていった経緯を明らかにする。初版発行は1982年だが、今回の福島原発事故を機に緊急改版されたもの。

 これまで何となく知っていた国・事業会社による原発推進攻勢の実態を本書で読み、その生々しさに背筋を寒くした。たとえば福井の美浜原発は、1961年10月に関電により最有力との地区選定がなされてから、翌62年5月には同地区総会での誘致決定、7月には土地売買契約締結と、尋常ではないスピードで建設が決まっている。まだ原子力のリスクが十分に把握されていなかった当時、住民にとっては判断に足る十分な情報が与えられたわけではなく、誘致に伴う経済的なメリットの魅力に押されて、なし崩し的に建設が決まっていった様子をうかがい知ることができる。

 原発を建設した地域で住民が手にした「経済的なメリット」は、とてつもない規模のようである。年間数十億円規模に上る国からの補助金に加え、各事業会社も、補償金の支払いや原発関連産業への雇用に加え、地元住民に対してさまざまな便宜を図った。土地の買収交渉にあたっては、地元名士への接待攻勢、住民を招待した視察旅行などに加え、相当額の現金が出回ったほか、「わしはゼニはいらんけん、テレビがほしいのや」といった反対派住民にカラーテレビを渡す(四国・伊方町)など、露骨な工作が行われたようである。 

 「原発の『危険性』は事故だけにあるものではない。・・・むしろ日常的にすすむ住民の金力と権力への依存、自治体の自治精神の喪失こそが重大なのだ。」と鎌田氏は述べる。建設後に漸減する方式の補助金により、自治体が一定期間後に再び2号機、3号機の誘致を図るようになる「麻薬漬け」は、よく知られている(たとえば http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/11319749.html
)当初は地道な産業振興によって住民の生活水準を向上させようとしていても、原発という巨大なマイナス産業をひとたび誘致してしまうと、関連産業の魅力的な雇用条件、温排水などによる漁業への影響、風評による農産物生産への影響などによって、原発以外の産業振興の道を、実質的にほとんど閉ざしてしまうことになる。本書によれば、核燃サイクルの拠点である青森の下北半島では、まさしく風評懸念の結果、「ウイスキープルトニウムではイメージが合わない」と飲料工場の誘致が着工間際で頓挫した例があるという。

 現在日本各地に点在する原発は、殆どが50年代から70年代にかけて建設されたものであり、既存原発で頻発する故障・事故、米スリーマイル島ソ連チェルノブイリの事故を経て原発のリスクが広く認知されるようになった結果、高知・窪川町や宮崎・串間市をはじめ、住民投票や首長の判断によって原発建設計画が白紙に戻る事例が80年代以降見られるようになった。しかし人間は学ばないもので、21世紀に入り、気候変動対策の錦の御旗のもとに世界各地で「原子力ルネッサンス」の動きが台頭、民主党政権原発拡大方針を鮮明にしていた。
 そこで、今回の福島原発事故である。「フクシマ」は、もはや世界ではチェルノブイリと並んで核事故の代名詞になってしまった。事故から2ヶ月が経った現在も炉は安定しておらず、半径数十キロに及ぶ地域で避難措置が続き、着のみ着のままで避難を余儀なくされた住民の帰宅の目処は全く経っていない。これまで建設の際に、国や事業会社が経済的なメリットをもって包み隠してきた物理的なリスクが、まさに顕在化した格好である。

 今回の事故を契機として、今後当面の間、日本におけるいかなる地域においても、原発ないし核関連施設の新規建設はほぼ不可能になったと見ていい。しかし、この世界有数の地震大国における、国や電力業界によるこれまでの原発推進体制こそがそもそも異常であったのだ、と見ることもできる。「原発は民主主義の対極に存在する」と喝破した本書によって、30年前に既に警告なされていたはずなのに、政治家もマスコミも国民も、今回のような大事故が実際に起こることによってしか目が覚めなかったとすれば、現実はあまりにも悲しい。かくいう当方も1年前に本ブログで、中国の原発推進を訝って、「『原発ルネッサンス』が避けられない時代の流れであるのなら、せめてIAEAや各国政府・原発業界には、より一段上の安全意識・人材育成を担保する覚悟と努力が求められる」と書いたが(
http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/32067510.html
)、その程度の認識は、全くもって甘かった。
 
青志社、2011年)



https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/F/Foomin/20190829/20190829195416.jpg