Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

髙村 薫 『神の火』

 過去ソ連に情報を流し続けていた元原子力研究員・島田が、原爆開発の機密情報をめぐる各国の諜報部門の争いに再度巻き込まれ、自らの人生にケリを付けるべく、原子炉圧力容器の蓋を開けるという原発テロを敢行するまでを描いた小説。

 髙村氏の初期作品の一つで、国際的なスパイ同士の闘いの延長戦上に、原発というテーマが取り込まれているかのような印象。若きソ連スパイ・良と島田のやり取りは、年の離れた男性同士ではあるが、まるで若い男女の恋人同士のような親密なもので、同氏の作品に多く見られる同性愛を彷彿とさせる要素も入っている。紛れもなく初期髙村作品の本流、という感じがする。

 福島第一原発事故によって「神の火」の恐ろしさまざまざと体験した今となっては、人が造り上げたシステムである以上破綻はありえるという、本書が暗示した原発のリスクは、有り余る程のリアリティを備えている。本書でテロを成功させたのは、元原子力研究員と元ヤクザの2人組だが、これを架空の小説世界のことと切って捨てることはもはやできまい。先日の東大試算によれば、福島県で現在除染が必要な表土は県全体面積の7分の1にも及ぶという(http://www.asahi.com/national/update/0915/TKY201109140739.html
)。現行の原発のコントロール放射性廃棄物の処理のために今後も一定の人員と予算が必要であるとしても、事故が起きたときのこのとてつもないコストを考えれば、少なくとも同種の原発の新規建設は、日本においては未来永劫認められるべきではなかろう(それに伴い予想される電力料金の上昇は、規制改革と競争によるコストダウンである程度相殺できよう)。

(1995年、新潮文庫、上・下巻)


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