門田 隆将 『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日』
冒頭で断りが入るように、本書は原発の是非について論じるものではなく、「考えられうる最悪の事態の中で、現場がどう動き、何を感じ、どう闘ったのかという人としての『姿』」を描いた本。地震と津波によって非常用を含め全ての電源が失われた直後、現場の当直長らは原子炉を水で冷やすためのラインを作るべく、給水パイプのバルブを開けに原子炉建屋に向かう。その直後に原子炉近辺の放射線量は急増するが、格納容器の圧力を下げるためのベント弁を開けるべく、文字通り命をかけて原子炉建屋にかわるがわる突入する。海水注入に際し、吉田所長は本店による中止命令をあえて一度無視、自らの権限で注入を続行する。しかし事故から4日目、2号機の格納容器圧力は再び上昇に転じた。いよいよ最期と感じた吉田氏は、ふと机の下に胡座をかいて座り込み「こいつなら一緒に死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう」と仲間ひとりひとりの顔を思い浮かべていたという。
事故当時の当直長だった伊沢郁夫氏の描写が、本書の冒頭と最後に配されている。よくも悪くも原発によって支えられてきた自治体に生まれ育った伊沢氏。散り散りになった同氏の住む地区の住民が集まった避難先での集会で、東電と自らへの罵声を覚悟していた同氏だが、他の住民から「故郷を守るために最後まで踏ん張ってくれた」と感謝の拍手を送られ、声を詰まらせる。この原発と事故の問題が、とくに現地に住む人々にとっては単なる善悪論を超えて、いかに複雑で難しいものかを象徴するかのような場面だった。
門田氏の本は他に『なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日』を読んだことがあるが、本書も涙なしには読めない、記憶に残る名著だった。福島第一原発の事故は未だに終息していないが、発生当時ここまで文字通り命をかけて初動に当たった現場の方々がなければ、本書が言うように最悪の結果、日本は「(北海道と汚染域、西日本に)三分割」されていたかもしれない。関係者の生の証言を集め、当時の現場の様子をここまでリアルに再現した点で、本書は後世においても貴重な記録となると思う。
(2012年、PHP出版)