Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ニーアル・ファーガソン 『マネーの進化史』

 ハーバード大学歴史学教授・ファーガソン氏が、金融制度の発達の歴史を、種の進化になぞらえて解説した本。

 

 本書は、信用制度(通貨と信用)、債券市場、株式市場、保険、不動産市場、国債金融市場から成る6章から成っている。それぞれの金融制度がどのように発達してきたか、多くのエピソードの紹介を通じて描かれる。ファーガソン氏によれば、マネーは長期的には「退化」ではなく「進化」を遂げ、人類の社会と経済を発展させてきた。ときにマイナスの影響も与えてきたが、それはあくまで人類自身が何を望み何を行ってきたかを、鏡に映した結果に過ぎない。マネーにまつわる今日の問題を読み解くためには、「金融という種の起源」を理解することが必要だ、というのが同氏のメッセージ。

 

 400ページ近い、決して短くない本でありながら、多くの興味深いエピソードが盛り込まれており、ぐいぐい引き込まれて行く。信用制度の章では、ピサロインカ帝国制服によって多くの銀を手に入れながら、結局過剰流通による通貨価値の減によって衰退したスペイン帝国の話。債券市場の章では、ワーテルローの戦い英国債を売抜けて大もうけしたとされるロスチャイルド家の取引が、裏を返せば彼らが戦時中に買いだめた金が大きく焦げ付く瀬戸際だったという話。保険の章では、国家年金や国民健康保険制度がビスマルク時代のドイツや第二次大戦期の日本で整備された狙いは、決して愛他主義からではなく、「保守的な愛国心」をあまねく国民の間に呼び起こし健康な新兵を戦線に供給することにあった、という話。不動産市場の章では、2000年代の米国住宅バブルの遠因は、フランクリン・D・ルーズヴェルト時代に醸成された、階級社会の英国では成立しえなかった「財産所有民主主義」であり、これは共産主義に対する完璧な対抗手段だった、という話。

 

 他にも、敗戦による賠償とワイマール政権の失政がもたらしたドイツのスーパーインフレや、FRBの失策により被害が拡大した大恐慌、かつて世界有数の大国でありながら度重なる債務不履行に苦しんだアルゼンチン、近年の金融技術の進展とヘッジファンドの台頭など、金融史の本には必ず出てくるトピックは、本書でももれなくカバーされる。2008年発行の本であり同年のリーマン・ショック以降の話は簡便に触れられているだけだが、今後改訂版が出るようなことがあれば、この点もより大幅に加筆が入ることになろう。とはいえ、目の前のマネーに一喜一憂する前に、金融制度がどのように生まれ発達を遂げてきたのか、その歴史を学ばなければならないというファーガソン氏の本書での主張は、多言を要さずとも、まさにそのままリーマン・ショックの話に当てはまるものだ。

 

 当代きってのバリバリの歴史学者でありながら、ここまで一般向けに噛み砕いて面白いストーリーを紹介し、それでいて最後まで読むと一本芯の通ったメッセージがクリアに浮かび上がるという、ファーガソン氏の巧みな構成に脱帽。同氏には『憎悪の世紀』など他の著作も数多くあり、いずれこれらも読んでみたいと思わされた。
 
(原著:Niall Ferguson, "The Ascent of Money: A Financial History of the World" 2008.
 邦訳:仙名 紀 訳、早川書房、2009年)