Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

平野 克己 『南アフリカの衝撃』

 恵まれた自然環境、植民地時代以来の優れた人材・技術の蓄積によって地域大国の座を揺るぎないものとしている南アフリカアパルトヘイトの混乱期を終え、グローバリゼーションの下で再び大きく羽ばたこうとしている同国の概要をコンパクトに知りたければ、本書が最適。必然、経済についての記述が多いが、歴史や政治についても触れられており読み応えがある。

 現在の南アフリカにおけるもっとも明らかな負の側面のひとつは失業率の高さである。その原因については、アパルトヘイト時代に「(国内の)黒人層が顧客としてみなされておらず」、またアパルトヘイトのせいで「大手をふって国際市場に出て行くことができなかった」ために主要な製造業が育たなかったこと、同じくアパルトヘイトホームランド政策によって農村が破壊され失業者の雇用吸収先として機能していない(「旧ホームランドは、田舎ではあっても農村ではない」)ことが挙げられる、という。「人類に対する罪」と呼ばれたアパルトヘイトは、南アフリカ人のアイデンティティに深い傷をつけたのみならず、その経済にも大きな負の遺産を残した。

 また、ANCがアパルトヘイト後に構築した政治制度は、一般的な政治のあり方を考えるうえで大変参考になる。少数派の利害を国政に持ち込める完全比例代表制。5%以上の投票獲得で大臣、25%以上で副大統領を出せる憲法上の強制連合政権規定。異質な社会集団が共存する国で、軋轢を防ぐための知恵が存分に活かされている。一方、同様に多様な社会集団を内包するサブサハラアフリカ諸国の殆どは、旧宗主国であるイギリスやフランスの政治制度をそのまま模倣している、とのこと。政治制度改革は経済発展以上に難題で、他国が容易に干渉できる領域ではないが、長期的な検討課題であることには間違いない(昨今のコートジボワール大統領選挙の混乱を見るにつけ、安定した政治とそれを担保する制度の大切さに改めて思いが至る)。
 
 第7章「世界に躍進する南アフリカ企業」では、アングロ・アメリカン(鉱業)、エスコム(電力)、SUBミラー(食品)、サソール(エネルギー)、スプールネット(鉄道)、MTN(通信)、ショップライト(流通)、スタンダード銀行(金融)など、南アの主要民間企業の概要や動向についても触れられている。政府が機能不全を起こしがちだった同国経済にあって、これまで民間企業が果たしてきた役割は極めて大きいとのこと。アフリカ各地に拠点を持ち同大陸のビジネスに精通しているスタンダード銀行やMTN社といったグローバル企業は、南アのみならず、サブサハラアフリカ経済全体の浮揚にあたっても重要な一翼を担うことが求められていると言ってよい。

(日経プレミアシリーズ、2009年)

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