Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

吉村 昭 『熊嵐』

 一昨年に没した大作家・吉村さんが、大正4年に北海道手塩山麓の開拓村を恐怖の渦に巻き込んだ「日本獣害史上最大の惨事」を元に描き、1977年に発表したドキュメンタリー小説。
 230ページほどの文庫本で、短時間で読めます。アマゾンの紹介コーナーで紹介されていて、広告文の内容にひかれて思わず購入。吉村さんの小説はあまり読んだことはないのですが、他の本も読んでみよう、という気になりました。 

 要するに、大正時代の開拓民と熊との対決を描いた小説。なのだが、北海道の山村の厳しい自然と気候、内地とは違う肉食獣としての熊の獰猛さ、その前で立ち尽くす開拓民の悲哀を、これほどまでにリアルに描いた小説は他にないのではないでしょうか。
 とくに、冬眠の時期を逸した熊が、開拓村に下りてきて、農作物や家畜のみならず、住人までも惨殺・捕食する過程を、村民の視点から淡々と綴るくだりは、まさに後から夢に出てきそうな描写。
 件の熊が、老練な猟師・銀四郎の手によって射殺されるシーンが、物語の終幕。

 戦前の日本人は、産業発展や農地開拓のために血のにじむ努力を重ねてきました。まさにその「過去のリアリティ」に触れさせてくれた点で、自分にとっては印象深い一冊となりました。

                                  (新潮文庫、1982年)