Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

石川 拓治 『奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録』

 ジャーナリストの石川氏による、青森県の農家・木村秋則氏が無農薬・無施肥でのリンゴ栽培に成功するまでの半生を描いたノンフィクション。

 この本を最初に読んだのは今から5年ほど前だが、今回ふとした機会に改めて読んでみた。いまや木村氏とそのリンゴの自然栽培は多くのメディアで取り上げられ、昨年は本書の映画化もされたらしい。

 本書によれば、農薬使用を前提として品種改良されてきた現代のリンゴを無農薬で育てるのは不可能、というのは「常識以前」の問題だという。しかし木村氏はそれを成し遂げた。決して簡単な道のりではない。農薬の代わりとなるものを手当たり次第に試す。害虫をひたすら人力で除去し続ける。何年も試行錯誤を続けるなか、生活は困窮し、税務署からリンゴの木に赤紙を貼られるまでになる。夢破れて絶望し首を吊ろうとするが、森の中で鬱蒼と茂るドングリの木を見つけ、その「土」の違いに気付く。やわらかく温かな土をつくるため、雑草はそのままにして、大豆を植えて微生物をふやす。それから数年、力強さを備えたリンゴの木は、ついに花を咲かせ「とびきり美味しい」実をつけるようになった。
 もちろん木村氏は農家であり、栽培の全てを自然のままに任せる訳ではない。土づくりの他にも、病虫害対策(あくまで木そのものの体力を補完するものとして、病気対策となる酢を散布し、害虫取りのために発酵リンゴの汁を入れたバケツを下げる)や剪定作業を行っている。

 「自然の手伝いをして、その恵みを分けてもらう。それが農業の本当の姿なんだよ。そうあるべき農業の姿だな」「自分は自然の手伝いなんだって、人間が心から思えるかどうか。人間の未来はそこにかかっていると私は思う」と語る同氏の言葉は、ほとんど預言者のそれのようである。とはいえ、近い将来に世界中に出回る全てのリンゴが無農薬・無施肥のものに置き換わるとは、そうそう考えにくい。限られた農地や人手のなかで多くの消費者の需要に応える上では農薬リンゴは引き続き必要だろうし、生産者の側でも皆がみな木村氏のようなリスクを取れる訳ではないだろう。しかしそれでも、消費者にとっての選択の幅が広がるのは大歓迎だし、また「不可能」を可能にし、かつその栽培方法を自分の手に留めず他者への普及に尽力している同氏の仕事は、純粋に素晴らしいものと思う。

 本書で紹介される、もうひとつの印象的な木村氏の言葉は、「ひとつのものに狂えば、いつか答えに巡り会う」というもの。同氏はこの言葉どおり、自らの人生をかけてリンゴと向き合い、生活を犠牲にしながらも試行錯誤を重ね、最後の最後にその「答え」を手にした。我が身を振り返って、自分は何かに真剣に向き合ってきたかどうか、後に振り返って自信をもって誇れるような仕事をしているかどうか、ふと読後に自省させられた。

(2008年、幻冬舎

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