Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

暉峻 衆三 編 『日本の農業150年 1850~2000年』

 農業経済学者の暉峻氏をはじめとする学識者グループが、日本の過去150年の農業史を概説した本。

 本書に沿って、各々の時代の農業の特徴を大まかに要約すると、以下のようになる。

1 明治初期:租改正と秩禄処分を通じた旧領主階級の解体、その後の松方デフレに伴う地主制・小作農化の進展
2 明治中期:養蚕・製糸業の進展、地主制の強化、明治農法による生産性の向上、治水・水利制度の整備
3 大正・昭和初期:戦前巨大資本の確立、小作争議の展開(大正デモクラシー)と地主階級の後退
4 戦時:戦時統制下での食料管理統制、生産崩壊、小作争議の深刻化
5 戦後初期:GHQによる地主制度の解体(農地解放)と自作農の形成、経済復興のための低米価・強権拠出
6 高度成長期:近代的農法と土地基盤整備の進展、非農業部門の拡大と兼業化の拡大、それに伴う農工間所得の均衡と貧農の消滅、食の洋風化による自給率の低下
7 高度成長以後:農産物の輸入自由化拡大、長期不況に伴う農業所得の減少、生産基盤の脆弱化と食料安全保障問題の深刻化、食の安全や環境問題に関する市民運動の進展
 
 このように農業史を振り返ってみると、その多くの時期において人口の大半を占めた農民の地位や待遇が、その最大の焦点となってきたことが分かる。多くの人々が、明治維新以前は幕府や領主によって、維新以後は富国強兵を目指した新政府や地主階級によって地租や小作料を通じ多くの稼ぎを徴収され、多くのリスクを抱えながら生きざるを得なかった。本書の第三章(大正・昭和初期)の扉ページに転載されている、あかぎれ・ひび割れだらけの「21歳のある(農家の)嫁の手」の写真には、そう遠くない日本人の多くが常に背負わされていた、重圧と辛苦とが凝縮されている。(長塚節の小説「」のことをふと思い出した。)
 そう考えると、日本の農業史は、GHQの圧力によって地主階級が解体され、続く近代化と高度成長によって貧農層が消滅した高度成長期に、ひとつのピークを迎えたと言えるかもしれない。国民が飢えず、農民も一定の所得を補償される。これは、長い歴史を考えてみると、とても幸せなことだ。その後の農政は、環境の変化に適応しきれず、耕作放棄地の拡大や高齢化に伴う後継者不足といった新たな構造問題に悩まされてきた。しかしこうした偉大な先人の、それも膨大な数の人々の努力によって日本の農業が前進してきたことを考えれば、政治のリーダーシップと国民の当事者意識があれば、この苦境も何とか乗り越えられるはずだという気にさせられる。

 これだけの内容をわずか300ページに盛り込んだということで、章によってはやや駆け足の記述、また抽象論が多くなっている印象は否めない。ただ、この大きな流れをただ1冊をもって理解させてくれるという点については類書はなく、また記述も平易で、偏った思想に寄っておらず、安心して読み進めることができる。農業を学ぶ、ないし生業とする人にとっては手許に必ず置いておきたい1冊になるはず。

有斐閣、2003年)

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