Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

サーシャ・アイゼンバーグ 『スシ エコノミー』

 アメリカ人ジャーナリストのアイゼンバーグ氏による、14カ国での取材を通じた、寿司ビジネスとそこから見えるグローバル経済の姿を綴ったノンフィクション。
 
 当方が住んでいるパリにも沢山の寿司屋があり、自宅近くには回転寿司屋まである。といっても、回っている皿を見ると、握りずしのネタはサーモン、鯛、マグロ、イカ、ホタテくらいで、半分以上がアボガドの入ったカリフォルニアロールやサラダ、天ぷら、焼き鳥で、日本人としては少々肩透かしを食らわされる。それでも、毎日のように店は満員で、おいしそうに刺身を箸で頬張るフランス人をたくさん見かける。
 興味のない人にとってはつまらないと思うが 苦笑、こうしたグローバルな寿司ビジネスの一端を知ろうと思えば、本書は格好の読み物である。ややまとまりがない構成ではあるが、マグロの輸送業者、卸売業者、飲食店経営者、寿司職人に至るまで、世界中の関係者に取材を行った結果、本書の帯に書かれているとおり「地球規模に広がった寿司ビジネスを支えているのは、無機質な大企業(マクドナルドとかウォルマートとか)ではなく、昔かたぎで活気に満ちた個人のネットワーク」であることが実感できる内容になっている。たとえば築地市場のマグロの仲買人は、「顧客との絆を保つため」、供給が細る冬は赤字覚悟、供給が増す夏に利益を上乗せする形で、一年を通して安定した価格で顧客にマグロを売りさばく。アイゼンバーグ氏が呼ぶところの「リスクを分散するための見事な多層構造」の一例である。
 
 日本人のいち読者としては、米国テキサス州の若者が思考錯誤の末「アメリカの寿司職人」として成功していく様子を描いた第7章、不法漁獲されたマグロが「ロンダリング」されて日本のスーパーや寿司屋に届けられている現状を描いた第10章、近頃の中国の爆発的な水産物消費に触れた第11章が印象に残った。第11章の最後で紹介される米国専門家のコメントは、日本の寿司産業の暗い将来を暗示している:「今現在、日本人は市場に出る最高の魚に相当の金を払っています。おそらく、じきに中国人がもっと値を吊り上げるでしょう。・・・5年もすれば、日本の消費者の口には質の高い刺身は入らなくなるでしょう。食べたいのなら、中国に行くしかなくなるのです」。築地の初競りでは過去4年、香港の実業家が連続最高値でマグロを落札している(http://blog.argojp.com/archives/68
)。暗い予想は既に現実のものになりつつある。


(邦訳:小川 敏子 訳、2008年、日本経済新聞出版社
 原著:Sasha Issenberg "The Sushi Economy." 2007, Gotham books.)


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