Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

G・ブルース・ネクト 『銀むつクライシス 「カネを生む魚」の乱獲と壊れゆく海』

 2003年に実際に起きたマゼランアイナメ銀むつ)密漁船とオーストラリアの巡視船による壮絶なデッドヒートを芯に据え、人々が如何にこの魚に殺到し乱獲していったかを、サスペンス小説さながらの構成とスピーディな筆致で描いた、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の記者ネクト氏によるノンフィクション。前回に引き続き今回もお魚の本だが、今回は掛け値なしに万人におススメ。

 1977年に米国の水産卸売業者がチリの漁港で見つけたグロテスクな深海魚、マゼランアイナメ。マイルドで脂肪たっぷりな白身をたたえたその魚は、米国のレストランや加工業者から圧倒的な支持を得るに至り、多くの合法/不法漁船が海域になだれ込んだ。
 本書によれば、現場で起きているのは、不法漁船によるとてつもない乱獲である。2000年代に入って、大きいサイズのマゼランアイナメが殆ど獲れなくなるなど、1960年代のメカジキで見られたような乱獲の弊害が顕著となった。不買運動の動きもあるものの、広大な海域にわたる漁場を監督する政府当局の能力には限界があり(特にペルーなど途上国)、また密漁と密輸のネットワークが国際的に広がっていることから、各地を点々とする犯罪者に制裁を加えることも容易ではない。

 取り締まる側に正義があるように、密漁する側にも相応の言い分がある。本書の大部は、オートラリア政府の監視官・ダフィーの船による、スペイン人漁師・ペレスが操るウルグアイ船籍の漁船の、インド洋から大西洋にかけての追跡劇に費やされる。ペレスは、「それぞれの国の沿岸から数海里以内に生息する魚を除き、すべての水産資源はそれを見つけ、捕獲したものに与えられるべきだ」「オーストラリアのやつらは漁業資源だけではなく、国際競争に勝てない国内の漁民を保護することしか頭にない」と考える。
 しかし一方、ペレス自身は、漁獲資源のことなど露ほども考えない。拿捕の末オーストラリアで行われた裁判で、ペレスら漁師は証拠不十分を理由にまさかの無罪判決を勝ち取るが、その後悪びれもせず、「しばらくゆっくりさせてもらう。しかし、クリスマスが終わったら、また漁に出る。もちろん、狙いはマゼランアイナメ、それとライギョウダマシ(マゼランアイナメ激減後の次の候補とされている近縁種)だ!」と意気込みを語る。
 
 ネクト氏は、ペレスとダフィーの戦いの中に「人類最古の産業の一つである漁業が直面する問題がすべて含まれている」と述べている。漁業技術の近代化とともに、排他的経済水域の策定など各国は様々な知恵を絞ってきたものの、全てを管理するには海はあまりに広い。ネクト氏は本書の中で、海洋学者のポーリー氏による様々な政策提言、たとえば世界の海の少なくとも20%を「海洋保護区」に指定し同区での漁業を無期限禁止とすること、国によっては密漁船の船主個人の責任を問えない現行の世界各国の法制度を改正すること、などを紹介した。政治的ハードルの高そうなこうした措置を直ちに実現することは難しそうだが、それでもこれ位ラディカルなことをしないと今後長期的に安定した価格で水産資源にアクセスすることは不可能になるのではないか、と密漁船の逞しさをリアルに描いた本書を読んで改めて感じた。

(邦訳:杉浦 茂樹 訳、2008年、早川書房
 原著:G. Bruce Knecht "Hooked. Pirates, Poaching, and the Perfect Fish." 2006.)

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