Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

E・H・カー 『危機の二十年 1919-1939』

 外交官・歴史家のカー氏が1939年に世に問うた話題作、1981年版の邦訳。第二次大戦前の国際関係を題材としながらも、現代においてもなお、原著の副題にあるとおり国際関係論を学ぶ人々にとって欠かせない古典となっている。

 「われわれは、健全な政治的思考の根拠は、ユートピアとリアリティの両要素に求められなければならない、という結論に立ち返ることになる。・・・ここに、およそ政治の世界の複雑性、その魅力、その悲劇がみられる。政治は、決して接することのありえない二つの異なる面にそれぞれ属する二つの要素―ユートピアとリアリティ―から成っている。明晰な政治思考を最も妨げるものとして、理想と制度―前者はユートピアであり、後者はリアリティである―とを区別しないことがあげられる。」
 これは、第二次大戦前の国際関係を引いて言うなら、敗戦国のドイツや新興国の日本にとって納得しうる枠組みを提供しえなかった国際連盟ウイルソン英米の指導者に対する痛烈な皮肉である。理想と制度の往復は、政治・外交に携わる者にとって必要不可欠な運動だが、実際には往々にしてどちらか一方に偏りがちになる。しかし、理想をもたないリアリズムは未来を語れないし、現実をみようとしない理想主義(現代日本の某政権とか)は害悪でしかない。
 
 最終章「新しい国際秩序への展望」は、「結局、国際的調停へ前進する望みが最もあるのは、経済再建への道をとることであると思われる。・・・経済的利益が社会的目的に従属することの率直な容認と、経済的に良いことが必ずしも道義的に良いことではないという認識とが、国家的分野から国際的領野にまで拡がってゆかなければならない」という、現代に住む人々にとっては至極当たり前の結論で終わる。しかし、ヨーロッパ共同体がまだただの夢物語に過ぎず、全体主義国家や共産主義国家が跋扈していた1939年当時にあっては、先見の明であったというべきだろう。

(邦訳:井上 茂 訳、1996年、岩波文庫
 原著:E. H. Carr "The Twenty Years' Crisis 1919-1939: An Introduction to the Study of International Relations" 1981.)

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