Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

城山 三郎 『官僚たちの夏』

①本の紹介
 1960年代、海外から「Notorious MITI」と揶揄された通産省を舞台に、異色の大物官僚・佐橋滋氏をモデルとした主人公「ミスター通産省」風越と、政策をめぐる政財界との争い、省内人事の攻防を描く。

②印象に残ったパート
 物語の冒頭で、主人公・風越の信念を端的に表す言葉:「おれたちは、国家に雇われている。大臣に雇われているわけじゃないんだ。」奇跡の経済成長を遂げた60年代初頭、風越を筆頭とする国内産業保護派の活躍はとどまるところをしらない。
 フランスの強調経済方式に習った「指定産業振興法」の成立に向けて尽力するが、政治家や金融・産業界の支持を得られず、法案はお蔵入りに終わる。時は過ぎ、あからさまな保護行政の時代は終わりを迎えようとしていた。物語は、過労で倒れたかつての腹心の部下・庭野の見舞いに向かうタクシーの中、印象的な情景のもと終わりを迎える:「『お客さん、雪になりましたねえ』運転手がそうつぶやいた。ヘッドライトの中へ、白いものが無数におどりこんでくる。その向こうに、懐かしい官庁街が見えた。どこもほとんど真っ暗中な中で、その夜も通産省の建物には、まだかなりの灯がともっていた。」
 
③読後の感想
 既によく知られている小説だが、改版後は文字も大きく読みやすく、半ば伝説となっている1960年代の通産省の内幕を物語仕立てで楽しみながら知るうえで格好の読み物となっている。ところどころ脚色がなされているにせよ、「国家の経済政策は政財界の思惑や利害に左右されてはならない」という経済エリート官僚の矜持を前面に押し出して時の政権や財界とぶつかりながら突進する官僚たちの活躍は、水戸黄門ばりに面白い。
 思い返せば、学生時代、政治学の基礎講座でなぜか本書が必読図書のひとつとして挙げられていた。行政に焦点をあわせるにしても、1960年代の通産省の国内産業派の活躍を描いたこの小説だけ読んでもあまり日本の政治や行政が抱える今の課題を考える上では不十分ではないか、などと思った記憶がある。
 とはいえ、通産省にこのような「黄金時代」があったことは、日本人として頭の片隅に置いておいても良いように思う。産業振興における通産省の役割が戦後の経済発展に伴って相対的に小さくなっていったとはいわれるものの、資源エネルギーの確保や自然環境と経済発展との両立、グローバル化少子高齢化に伴う産業構造の転換など、今の日本の目の前に現れている課題は民間のみでは対応しきれないものであり、日本政府としてこれらの課題に伍するにあたり主導的な役割を果たすことが期待されるのは、結局のところ経済官庁の要であるこの省(+財務省)である。安易な官僚批判を超え、有能な官僚を育て国家戦略に取り込む手腕を、民主党政権に求めたいし、またそのためには、国民が行政機構の仕組みや機能についてもっと深く理解することが必要、と思う(大多数の人々にとってそんな暇はないのかもしれないが・・・)。
                                
                                   (新潮文庫、1980年発行)


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