Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ジャン=ピエール・ボリス 『コーヒー、カカオ、コメ、綿花、コショウの暗黒物語』

 われわれが普段何気なく口にするコーヒーやチョコレート。その原料となるコーヒー豆やカカオ豆がどのように生産・取引されているのか。グローバリゼーションの陰で生産者がどのような苦痛を被ってきたのか。利益が一部の多国籍企業投資ファンドに集中する背景は何なのか。「ラジオ・フランス・インターナショナル」で7年間にわたって調査・取材を続けてきた著者が、これらの問いに対し、正面から答えていく。以下抜粋:

・コーヒー:コーヒーは、原油に次ぐ一次産品である。近年のコーヒー品質低下の陰には、途上国のコーヒー生産者の危機がある。その一方で、多国籍企業は市場論理を振りかざして、空前の危機を上げている。

・コメ:コメの貿易業者は、アフリカ人道支援団体などに粗悪なコメを売りつけ、莫大な利益を上げてきた。コメは国家の戦略的食糧であり、これまで各国の政府がコメ貿易に深く関与してきた。その結果、世界各地で汚職が蔓延した。コメの国際貿易では、貿易業者だけが豊かになり、生産者であるアジアの農民は貧しく、消費者であるアフリカの人々も貧しい。

・カカオ:チョコレートの原料であるカカオの世界最大の生産国であるコートジボワールでは、国際金融機関による強引な市場の自由化により、国内生産者の利益はなくなり、ついには底なしの内戦に突入した。2005年9月現在、いまだに反政府勢力が同国の北部を占領下に置く状態がつづいている。

・綿花:綿花の国際市場では、途上国の生産者と先進国の生産者が入り乱れて、壮絶な戦いを繰り広げている。戦いの舞台は、WTOに移された。アフリカ諸国は反撃に出たが、その前途はきわめて多難である。

・コショウ:香辛料の王様であるコショウは、中世ヨーロッパの航海や貿易を発展させた原動力であった。その結果として、ヨーロッパの植民地主義は加速した。1990年代後半より、ベトナムが大生産国として国際市場に登場したことにより、国際市場には、思わぬ変化が生じている。

 著者のボリス氏は、以上の状況を踏まえたうえで、近年の「フェアトレード」ブームに懐疑的な姿勢を投げかける。フェアトレードは「一握りの普通に貧しい生産者の生活を改善している」ものの、逆に問題の本質をぼやけさせ、「かつて存在していた”国際協定”や”国内価格調整制度”の消滅が、大きな問題を生じさせているという事実が忘れられてしまっている」。確かに、世界貿易の構造そのものに踏み込む施策に取り組まない限り、不安定な一次産品価格とそれに翻弄される途上国の生産者、という図式は今後も変わらないように思われる。世界で流通しているごく一部の量の商品の値段をいくらか嵩上げする「フェアトレード」は、消費者の問題意識を揺り動かす一定のアナウンスメント効果こそあれ、万能の処方箋にはならないだろう。

 ボリス氏は、構造的な問題への処方箋として、「割り当て制への回帰は、現在の国際政治情勢からしてほとんど不可能であると思われ」、「国家が、コーヒー・カカオ・綿花の消費に対して輸入業者に課税する、または、その課税した資金を原資として価格調整のための国際基金を創設するということを要求してみてはどうであろうか?」と結んでいる。しかしこれとて、一筋縄ではいかない。そもそも国際的に統率の取れた価格調整を行うことには政治的な困難がつきまとう。業者への課税や生産者への補償を実施する過程で国家による非効率・汚職が蔓延する可能性も大いにある。

 具体的な処方箋を描ききるまでには至っていないものの、現在の世界の一次産品の生産・貿易構造の問題を具体的な事例を持って理解するうえでお勧めの本といえます。

(原文:Jean-Pierre Boris, "Commerce Inequitable: Le roman noir des matieres premieres" 2005.
 邦訳:林 昌弘 訳、2005、作品社)


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