Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

司馬 遼太郎 『竜馬がゆく』

 去年途中まで読んでほったらかしにしていた『竜馬がゆく』、文春文庫全8巻。今週末ごろごろしていた間に一気に読了。
 世間一般に形作られた坂本竜馬のイメージは、1960年代に司馬遼太郎が世に出したこの小説がおおむね基になっています。

 司馬遼太郎は、彼のことを「維新史の奇蹟」、
 奇才の幕臣、竜馬の師匠である勝海舟は、「薩長連合、大政奉還、あれァ、ぜんぶ竜馬一人がやったことさ」と後年述懐。

 自分は高知県出身ですが、高知県の男であれば誰しもが坂本竜馬の名前を聞いて育ちます。竜馬と同じように桂浜から太平洋を望み、海のような度量の広さと天衣無縫を持って、天下に相対すべし、と。
 その割にはこの小説を最近まで読破していなかったのですが・・・
 
 坂本竜馬の業績については詳しくここでは述べませんが、とにかく痛快の一言。竜馬の生涯が、平易な言葉で色鮮やかにつづられています。
 高知人は必読。他県の方でも、維新史に興味のある方、坂本竜馬という名前に聞き覚えにある方もぜひ。彼の生涯を通じて、現代のビジネスパーソンが学ぶべき示唆も多く見えてきます。

                        (1998年新装刷、文春文庫、全8巻)

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【補論:坂本竜馬という人間】

 ところで、著者本人が作中で述べているとおり、この小説の主題は、「一体なにが、一介の浪人志士にすぎない坂本竜馬をして、これらの業績を成し得たのか」、ということ。以下、個人的な分析:
 
1.剣術
 維新志士のことごとくは、維新の日を見ずに、新撰組をはじめとする幕府の手によって倒れています。が、竜馬は、江戸の千葉道場の塾頭を務め天下に鳴り響いた剣の腕、人情の機微を見る喧嘩のうまさで、33歳に暗殺されるまでも幾度となく生命の危機を乗り越えてきました。少年時代に学問で遅れをとったことへの反骨心や、恵まれた巨躯が、竜馬を当代随一の剣客たらしめました。 
 
2.実利
 竜馬にあって他の維新志士になかった技術は、観念論や抽象論ではなく、経済や商業、海運といった実益に関する知識と交渉術。たとえば、中岡新太郎が薩長連合の盟約について双方に主義主張を唱え続けた末に果たせなかった後、竜馬は、長州から薩摩への食糧提供・薩摩から長州への銃砲提供を提案し、実利によって薩長の距離を近づけました。また竜馬は、日本発の貿易・海運会社を興したことでも知られています。太平洋を望む高知県という彼の出自、そして豪商の生まれであること、も彼の思想に関係しているかもしれません。
 
3.愛嬌
 勝海舟大久保一翁といった当代随一の幕臣桂小五郎西郷隆盛薩長の大幹部、血気盛んな薩長土の維新志士たち。ひとえに竜馬が薩長連合・大政奉還を成し得たのは、彼らと竜馬との絶大な信頼関係・ネットワークがあってこそ。他の志士のなかにも教養と弁論、武術に長けた者は数知れずいましたが、竜馬は文字通り「誰からも好かれる」存在でした。たとえば勝や大久保は、本来は維新志士と対立する立場の幕府の重臣でありながら、一介の浪人である竜馬をとことんかわいがり、海外情勢や諸々の学問についてことごとく彼に語って聞かせ、また竜馬も彼らを師と慕い多くの相談・依頼をもちかけたといいます。
 ユーモアあふれる弁術と誰からも好かれる愛嬌。現代社会にも通じる重要な「才」でしょう。