Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

北尾 吉孝 『何のために働くのか』

 売買代金シェアで国内最大手・野村證券をあっという間に追い抜いたネット証券会社の筆頭、SBIイートレード証券を傘下に持つSBIホールディングスの社長、北尾さんによる人生訓。
 母校の大学で、学生向けに「働くこと」というテーマでのスピーカーを頼まれたので、その事前の参考に、とアマゾンで購入しました。

 「何のために働くのか」と聞かれて躊躇する人は案外多いのではないでしょうか。その人のもっとも深い部分に関わる問いかけ。「何のために生きるのか」と言い換えられるかもしれません。とりわけキャリアパスが多様化し、なかなか先の見えない時代であるなか、若い世代の間ではとみに難しい問いになっていると思います。  

 北尾さんは中国古典にも慣れ親しみ、金融業界の経営者にありがちといわれる拝金主義、競争原理主義、成果至上主義の考え方とは一線を画した経営哲学を持っていることで有名。金融があくまで資金調達と投資家を結びつけるという、社会において「公」の要素をそもそも強く持っているサービスであることを重々承知し、ともすれば容易に金儲けのみを追求することができる環境にあって、「仕事を通じて社会に貢献すること」を社是と公言してはばからない。事実、同氏が90年代以降に推し進めたネット証券の普及は、個人投資家をはじめとする多数の投資家の有価証券売買コストを大幅に押し下げた。また事業利益を社会福祉事業に還元することも怠っていない。
 
 北尾さんが本書で発するメッセージは、極めてシンプルで、まっとう。例によって以下列挙。
 
・私が働くことに求めてきたのは、自己実現でも給料のためでもなく、そこに生きがいを見つけること。

・東洋思想では、仕事とは天命に従って働くこと。天に仕える、公に仕える。これは西洋思想にはまったくといっていいほど見当たらない。日本に伝統的に根付いている仕事観は、〇纏?箸聾?里燭瓩砲垢襪發痢↓∋纏?箸賄渓燭砲靴燭って行うもの、と言ってよい。

・現代の若者には、人間の根本を養うための人間学が必要。そのためには、/瓦領箸砲覆襪茲Δ碧椶鯑匹燹↓⊆分が私淑できるような師を持つ、さまざまな経験や体験を踏まえて自分を練っていく。

・一方、親は、勉強がいくらできても人間的に未熟であっては意味がないということを、はっきり子どもに教えこむべき。

・まだ社会経験の浅い人たちにとって何より大切なのは、まず一心不乱に仕事に打ち込むこと。そして謙虚になって先輩に教えを請うてみること。どんな仕事でも一芸に秀でるところまで打ちこんだ人の言葉には、なんともいえない奥の深さと重みがあるもの。

・すべての試練が自分の人間的な成長を促してくれていると思えば、それを拒む理由などどこにもない。まさに「苦労は買ってでもすべき」。

孔子も、「年寄りを安心させて、同胞から信用されて、若い子供達からは慕われる。そうなるのが自分の志」と言っている。公のために自分ができることを生涯通じてやり抜いて、後に続く人々への遺産にすることが、「志」。遺産と言っても、何も歴史的に名を残す必要はない。

 以上のメッセージが、野村證券の要職、ソフトバンクの常務取締役、SBIホールディングスの社長としての経営と人材育成の経験、そして古典を中心とする途方もない読書量を裏づけとして、説得力をもつかたちで淡々と述べられています。
 小手先のハウツーに終始するビジネス本が昨今多いなか、「何のために働くのか」という問いかけに真正面から答えきり、、多くの示唆に含んでいるという意味で貴重な本。組織で働くマネジメントやビジネスマン、人生に悩む若年層にぜひ手にとってもらいたい一冊です。

                           (2007年3月発行、致知出版社