Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

浅田 次郎 『蒼穹の昴』

 中国の清朝末期を舞台として、自らの天命に抗って生きた義兄弟の半生を描いた、浅田次郎氏のベストセラー小説。

 学生時代に一度読んだが、懐かしくなって再度手にとってみた。浅田氏は巷で「平成の泣かせ屋」と呼ばれているらしいが、たしかに名場面の数々でホロリとさせられる。
 主人公は、直隷省静海県の貧しい糞拾いの少年・春児と、幼馴染の兄貴分である地主の次男・梁文秀。物語は、文秀が科挙のために春児を連れて上京するところから始まる。泊まり込みで古典や詩歌、政策を論ずる科挙の詳細な描写は、それだけで興味深い。当初は落第すると思われた文秀は、隣室の老人に礼をもって接したことから、夢か現か、天命を身につけ、渾身の解答をもって状元(第一位)に処せられる。以後、順調に出世するが、西太后と取り巻きの奸臣の政争に翻弄される清朝政府の内情を見て、その改革を志すようになる。
 いっぽう春児は、宦官になるために一物を切り取られる現場を見て一度は気持ちが萎えるも、「やがて中華の財物全てを手にするであろう」という占い師の言葉を信じ、自ら浄身して再度都に上る。そこで、城を追われた元宦官に見初められ、英才教育を受ける。満を辞して城に入った春児は、こちらも順調に出世し、やがて西太后から直接寵愛を受けるまでになる。
 清朝の中枢に入った二人だが、皇帝の下で中国の「明治維新」をなさんとする変法派の官僚と、西太后に仕える(そもそも官僚に近づくことを許されない)宦官の道はなかなか交差しない。変法派のクーデターが失敗に終わった後、潔く自死しようとする文秀の前で、春児は占い師の言葉が偽りであることを知っていたと告白する。運命は、頑張れば変えられる。だから文秀も生きてくれ、と懇願する。
 
 印象的な登場人物が多いが、中でも主人公の春児の一挙手一投足は、どうしても気になる。純粋でいじらしい、しかし過酷な運命に抗って自ら道を切り開いていく様は、どうしても応援したくなる。私利私欲のない純粋な人柄で、溜まった私財は、孤児院への寄付や下っ端の宦官の一物を買い戻すのに使う。謀略に巻き込まれて殺された老宦官を弔うシーン、悪役の大総官と副総官と対峙するが、周りの宦官たちは体を張って春児を守る:
「こいつは老祖宗に引き立てられたばかりじゃなく、みんなに推されて出世した初めての太監だ・・・・春児はな、殴られっぱなしのわしらの、夢だったんだ・・・神様ってのは、こういうもんだ。決して拝んだり頼ったりするもんじゃねえ。いつも貧乏な人間のそばにいて、いてくれるだけで生きる望みをつないでくれる、ありがてえ、かわいいものだ。春児を殺すならまずわしを殺せ。そうすりゃたぶん極楽に行ける。」
 朽ち果て野垂れ死ぬのみだった天命を、自らの徳と知恵で覆した春児。辛いことがあっても前向きに生きていこう、そうすればきっと道は開ける、と励まされるような気持ちになる。

(2004年、講談社文庫、全4巻)

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