Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

深田 祐介 『神鷲商人』

 戦後の対インドネシア賠償利権をめぐって画策する商社と、それに巻き込まれた女性(デヴィ夫人がモデル)の数奇な半生を描いた小説。

 巻末の対談集によれば、著者の深田氏の幼友達が商社でインドネシア賠償に深く関わっていたことをきっかけに、本書の執筆がスタートしたという。インドネシア賠償で活躍した複数の日本商社や、デヴィ夫人本人にも取材を重ねた結果、当時の様子がリアルに描かれている。本書で登場する商社のひとつは、以前紹介した日本賠償の専門書にも登場する、特に中古船の調達で大きな利益を得たといわれる木下商店(後に三井物産に吸収合併)である。
 前掲の専門書は、対インドネシア賠償資金が外資オフィスビルや高級デパート、ホテルにまで使われたことを、批判的に紹介していた。一方、この小説の中では、スカルノもそれなりの理由を持ってこれらの開発を主導したことが示唆されている。(いわく、ホテルは、当時、経済発展のために外資を導入しようにも外国人がまともに泊まれるホテルがなかったため。デパートは、国内で流通する諸商品の価格をベンチマークするため。)

 賠償資金を原資とした調達において、日尼の政界へのリベートがどのように編み出されていたのか、その描写も生々しくて面白い。商社が落札した金額の数パーセントが、その落札を後押しした日本の政治家と当時のスカルノの懐に収まる仕組み。当然、こうしたリベートも上乗せした金額で契約される訳なので、事業費の総額は膨らむ。日本がインドネシアにもたらした惨禍、文字通りインドネシア国民の血で贖われた資金が、このような仕組みを通って本来とは異なる目的で使われていたことには、何とも言えない気分にさせられる。
 また、こうした賠償をめぐる日本商社の受注競争には、複数の女性達が巻き込まれた。スカルノが東京のナイトクラブで見初めた直美(デヴィ夫人がモデル)は、商社の手引きで、ジャカルタの宮殿に文字通り送り込まれる。しかし、それと引き換えに商社から受け取った資金が遠因となって、東京に残してきた家族は崩壊する。ジャカルタでの生活は孤独であり、自分が知らない間にスカルノが新しい妻を娶っていたことを知って打ちのめされ、睡眠薬を飲んで服毒自殺を図る。もう一人の主人公である商社駐在員の冨永は、こうした直美の辛さを知って同情するが、冷徹な上司の小笠原は直美を商売道具の一つとしてしか見ず、嫌気が差した冨永は退社して独立する。日本の戦後の対アジア関係は、かくも生々しい人々のドラマによって始まったとも言える。

(2001年、文春文庫、上・下巻)

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