Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

藻谷 浩介、NHK広島取材班 『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』

 NHK広島取材班と『デフレの正体』の藻谷氏が、マネー資本主義に替わる処方箋の提示を試みた新書。

 「里山資本主義」は、NHK広島取材班が編み出した造語。取材班の井上氏は、以前本ブログでも紹介した「マネー資本主義」の番組を手がけており、金融が実体経済を凌駕する現代のアンチテーゼを模索する中、中国山地での取材を通じてこの言葉を思いついたという。本書の解説役である藻谷氏によれば:
 「お金の循環がすべてを決する前提で構築された「マネー資本主義」の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方だ。お金が乏しくなっても水と食料と燃料が手に入り続ける仕組み、いわば安心安全のネットワークを、予め用意しておこうという実践だ。(中略)森や人間関係といったお金で買えない資産に、最新のテクノロジーを加えて活用することで、マネーだけが頼りの暮らしよりも、はるかに安心で安全で底堅い未来が出現するのだ。」
 
 本書では、このコンセプトを裏付ける、様々な事例が紹介される。
 岡山県真庭市で実践される、製材過程で出るパレットを使った木質バイオマス発電。広島県庄原市で、エコストーブなど、里山の恵みを最大限に生かしながら暮らす住民の方々。オーストリアでは、林業技術の先端化と教育、政治のリーダーシップにより、木質バイオマスを使ったエネルギーの地域循環を達成しつつある地域がある。また、同国では、木版の集合材CLTが、強度や耐火性に優れていることが証明され、9階建てのビルの建築にまで用いられている。日本でも、CLTの実証実験が始まっている。
 自然資源だけではなく、人間関係の回復にも焦点が当てられる。象徴的な事例は、庄原市福祉施設。過疎が進む地域だが、空き家を利用して施設にする。施設の運営に必要な食材は、近隣のお年寄りが作った半端者の野菜を譲ってもらう。対価として地域通貨を支払い、その通貨は施設のレストランで使われる。レストランは、お年寄りが友人知人と言葉を交わす賑わいの場。併設する保育園で子供と遊ぶこともできる。障害者たちも、野菜の引き取りやレストランの給仕として活躍する。生産者、客、店員が絆を作っていく。

 最後のまとめの章で、藻谷氏は「人間の価値は、誰かに『あなたはかけがえのない人だ』と言ってもらえるかどうかで決まる」と書いている。上記の庄原市の事例では、「生産者の生きがいの増加、施設の利用者の健康の増進、結果としていらなくなった食材代や肥料代、それを運ぶはずだった燃料代。いずれも金銭換算できない価値、あるいはGDPにとってはマイナスだが現実には意味のある価値であり、それらが地域内を循環しながら輪を拡大させている」。
 
 この本を読んで、非常に考えさせられることが多かった。金銭換算できない価値の大切さを測ることは難しい。国や世界の経済は、冷徹に、金銭価値の論理で動いていく。それを全て否定することは難しいが、少なくとも自治体や地域のレベルでは、自然資源や人間関係にもっと価値を置く考え方があって良い。直観的には、むしろその方が健全ではないかという気がしている。

(角川新書、2013年)

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