Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

マイケル・ルイス 『ライアーズ・ポーカー』

イメージ 1

 元ソロモン・ブラザーズの債券セールスマン・ルイス氏が、同銀行に勤務した経験とモーゲージ債の勃興を描いたノンフィクション。
  
 ルイス氏の『世紀の空売り』があまりにも面白かったので、同氏の処女作である本書も手に取ってみた。かつて「ウォール街の帝王」と呼ばれた投資銀行の内幕と、のちにサブプライム危機の主役となったモーゲージ債の拡大期の様子が生々しく描かれており、1980年代の金融史とモーゲージ債の仕組みが自然と理解できる。そして『世紀の空売り』と同様、一流のエンタテイメントとして飽きずに最後まで一気に読み通すことができるという稀有な本でもある。

 ルーウィー・ラニエーリが率いたソロモン・ブラザーズモーゲージ債部門は、ボルカー・ショックとその後の貯蓄貸付組合S&L)向け救済措置(住宅ローンを売れば昔の税金が還付される)により多量の住宅ローンを独占的に引き受ける。それまで投資家が見向きもしなかった住宅ローンを、信用リスクと繰上げ返済リスクを政府保証と再証券化(Collateralized Mortgage Obligation: CMO)により分散させることで、国債とほぼ変わらない格付けかつより高利回りの商品に仕立てあげ、社会的なメッセージとともに投資家に売りさばく:「すべての鍋に鶏肉を!」ならぬ「すべての家庭にモーゲージを!」(この辺りの経緯は、こちらのブログでコンパクトにまとめられている。)1980年代中盤、ソロモン・ブラザーズは、モーゲージ部門の活躍により歴史的な収益を挙げた。その後、高い報酬で引き抜かれたソロモン・ブラザーズの元トレーダーが率いる他社も続々と参入し、ソロモン・ブラザーズの牙城は揺れることになる。

 ルイス氏が入社したのは1985年。債券セールスマンとしてロンドン支社に。周囲の優秀なセールスマンの技術を盗むことで技量を伸ばし、本社が売捌きたかった巨額のいわくつき社債売捌き、新たな金融商品(ドイツの金利に対するワラント)を開発して社内で名を上げ、入社2年目にして20万ドルを超える年収を手に入れる。その中で、知識のない新入社員(「下等動物」)が年輩トレーダーに丸め込まれて顧客の投資家に不良商品を販売したり、ルイス氏が開発した新商品の成功を上役が掠め取ったり(そしてスマートに復讐したり)といった生々しい投資銀行内部の様子が描かれる。

 マイケル・ミルケン率いるドレクセン社とその花形商品であるジャンクボンドについても触れられている。ミルケンは、それまで優良企業が発行することが基本だった債券を、小さくて新しい企業や古くて大きいが問題のある企業にも発行させた(高い手数料と高い利率を払わせる)。そして、モーゲージ債と同じく米国人のマインドをくすぐるメッセージをもって、投資家に売り込むことに成功した:「アメリカの、われわれの将来を支える、小さな企業の成長に投資しようではないか。」デフォルトリスクが高くても、寄せ集めてポートフォリオを組めばトータルの利回りは上がる。買収先の資産を担保にして、買収資金を負債(資産が担保に取られるので企業の信用力が落ち、その社債はジャンクボンドになる)で調達する手法の開発も、彼らのさらなる躍進を支えた。ジャンクボンドは株式と似た動きをするが(優良企業は早めに債券を償還するので、繰上げ償還手数料を狙って投資家が買いたがる)、企業情報に通じたドレクセンは常に市場の先を行くことができた(株式の場合は規制があるが、債券の規制はゆるかった)。ソロモン・ブラザーズは、内部の勢力争いにエネルギーを使う間に、このジャンクボンドと企業買収というアメリカ実業界を舞台にした新しい波に乗り遅れてしまう。

(原著:Michael Lewis “Liar’s Poker” 1989
 邦訳:東江 一紀 訳、2013年、ハヤカワノンフィクション文庫)

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-db-4e/s061139/folder/473545/14/40747414/img_0_m?1483778591