Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

杉森 久英 『天皇の料理番』

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 大正から昭和時代にかけて宮内庁の主厨長を務めた秋山徳蔵氏をモデルとして、「天皇の料理番」の生涯を描いた小説。
 
 先ごろ佐藤健主演でドラマ化され、思わず毎週見てしまったので、原作も読んでみた。何をやっても続かないかんしゃく持ちの主人公・篤蔵は、思いがけずカツレツの味がきっかけとなって西洋料理のコックの道を志す。周囲と衝突しながらも、持ち前の才を活かしてメキメキ腕を上げ、当時としては珍しくフランスで修行、オーギュスト・エスコフィエにも師事した。折しも大正天皇即位の礼を控え、外国からの賓客に本格的なフランス料理を提供できる料理長として、宮内省に招かれて帰国。関東大震災や太平洋戦争といった激動期を含む以後50年以上にわたり、「天皇の料理番」を務めた。日本における西洋料理の体系化を行い、その後の多くの料理人に大きな影響を与えた。
 
 ドラマのほうは、洋行の資金提供者が親ではなく病気の兄だったり(夢を弟に託す形)、一度分かれた妻(篤蔵の夢を尊重して身を引いた)と洋行後に再度結婚したり、より家族愛を全面に押し出した構成になっていて、見ていて泣かせる脚本になっている。一方、より事実に近いであろう小説では、ときに家族や同僚を振り回しながら仕事に邁進する秋山氏の姿がより直接的に描かれていて、その仕事上の功績はものすごいものの、彼の周りに居た人は大変だったろうななどと想像してしまった。

 料理が好きな人にとっては、本書の中で時折出てくる、篤蔵が作った様々な料理の献立をじっくり眺めてみるのも面白いだろう。たとえば、上記の大正天皇即位の宴の際のメニューは、こうだった:
 スッポンのコンソメ、ザリガニのポタージュ
 マスの酒蒸し
 鶏の袋蒸し 
 牛ヒレの焼肉
 シギの冷たい料理
 オレンジとワインのシャーベット 
 七面鳥のあぶり焼き、ウズラの付け合わせ、サラダ
 セロリの煮込み
 アイスクリーム
 デザート(フルーツ)
王道のフレンチの料理法と日本で入手できる食材の融合、目新しさとオーソドックスのバランス。今から100年前の当時、秋山氏が苦心してメニューを練り上げたことがうかがえる。

 司馬遼太郎の『坂の上の雲』とも通じるものがあるが、やはり明治期・大正期の日本というのは、もともとあったポテンシャルの上に、世界(西欧)に追いつこうと常に前を上を向く雰囲気を皆が共有していた、ある意味幸せな時代だったのだろうと思う。本書で描かれた秋山氏も、そうした当時の日本の雰囲気を象徴するような生涯を送った。戦前・戦後を通じて西欧と肩を並べた日本は、成熟した国として今後どこへ向かって行くのか。いずれにしても、常に前を上を向くような「幸せな時代」は、おそらくもう二度とやって来ないのだろう。
 
(2015年、集英社文庫

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