『旧約聖書』
旧約聖書は、大まかに以下のような構成からなっている（今回読んだ新改訳に沿って分類した。ユダヤ教とキリスト教、またキリスト教の中でもプロテスタント／カトリックといった教派によって、正典の対象となる書物やその分類には違いがある）：
１ モーセ五書（律法）：「創世記」には、天地創造やノアの方舟、バベルの塔といった重要な神話が含まれる。アブラハム・イサク・ヤコブの３代の族長が現れ、イスラエル／ユダヤ人の歴史が始まる。「出エジプト記」では、預言者のモーセがシナイ山にて十戒を授かり、イスラエル人と神との間に契約が結ばれる。「レビ記」「民数記」「申命記」では、多神教の禁止や偶像崇拝の禁止、父母や隣人への敬愛、休息日の設定、豚肉をはじめとする食べ物の禁忌など、ユダヤ教の根幹を成す多くの法律や規定が詳細に述べられる。
２ 歴史書：「ヨシュア記」から「エステル記」にかけ、古代イスラエルの衰亡が描かれる。当初は士師と呼ばれる軍事指導者兼預言者がイスラエルの諸部族を指導していたが、民衆の要求により、ついに一人の王を戴くことになる。第三代ソロモン王の時代に古代イスラエルの王国は最盛期を迎えるが、その死後、王国は北部のイスラエルと南部のユダに分裂する。前者はアッシリアによって滅ぼされ、後者はバビロン捕囚の憂き目を見る。
３ 知恵文学：「ヨブ記」「詩篇」「箴言」「雅歌」などを含む、神への賛美や神の教えを詩歌や格言集の形で表した作品群。「詩篇」はダビデ王、「箴言」「雅歌」はソロモン王の手によるものと伝えられている（実際は多くの無名の文学者らの作を集合したものと思われる）。
４ 預言書：古代イスラエルにおいて活躍した預言者たちの言を記録した文書群。三大予言者の手による「イザヤ書」「エレミヤ書」「エゼキエル書」は、主としてバビロン捕囚期のイスラエル人に対して神の教えを説いたもの。かれら大預言者の書に加え「ホセア書」から「マラキ書」に至る12の小予言書が正典として含まれる。加えてキリスト教では、バビロン捕囚時の賢人ダニエルを描く「ダニエル書」、イスラエル陥落を嘆く詩歌「哀歌」もこのグループに配列される。
旧約聖書で描かれる神は荒々しい。例えば、モーセとその兄アロンの正統性に疑義を唱えるコラとその仲間に対して神罰を与え、それに異議を唱えた1万以上のイスラエルの民衆も併せて滅している（民数記16）。イスラエル人は建国に際してペリシテ人（後のパレスチナの語源）ら他民族を容赦なく討伐するが、もちろんそれも神の啓示を受けてのものだ。かのバビロン捕囚でさえも、旧約聖書によれば当時のイスラエルの民衆が律法を守らなかったがゆえの報いであり、神は「イスラエルの地を廃墟とする」と容赦なく民衆に告げている（エレミヤ書25）。のちの新約聖書でイエスやその使徒たちが語る慈悲深い神とは、とても対照的だ。
旧約聖書の筆者や起源については諸説あるが、いずれにしても旧約聖書が古代イスラエル人／ユダヤ人のアイデンティティと結束を高める上で重要な役割を果たしていたことは、読んでみて容易に想像できた。シナイ山での十戒（神との契約）のくだりはその最たるものだし、また上述のバビロン捕囚についての神の御告げは、神の意志を信じることで辛苦を耐え忍ぼうとした当時のイスラエル人の心境がおおいに反映されたものと思える。こうして培われたユダヤ人の選民思想は、ローマ帝国への反乱と以後2000年近くに及ぶディアスポラ、現代のパレスチナ問題にもつながる伏線となっていく。
いつかちゃんと読もうと思って敬遠してきた本だが、先日エチオピアで同正教の遺跡や教会を見学したのをきっかけに一念発起して読んでみた（エチオピアの王たちは、旧約聖書に登場する古代イスラエルのソロモン王とシバ女王の息子であるメネリク１世の末裔であるとされている）。書店の聖書コーナーで、新改訳、引照・注付のものを選んだ。訳としては新共同訳のほうが新しいが、がっつり熟読する神学生ならまだしも、一般人が読む場合には新改訳でも問題なさそう。また大部に及ぶ旧約聖書を読むうえでは、既出の箇所をすぐに遡って参照できる引照付きのバージョンは大変ありがたかった。細かい文字で1500ページあり、神殿の設計や儀礼の詳細に関するあまりに細かい記述はさすがに流し読みしたものの、モーセ五書の部分などはノアの方舟やバベルの塔など良く知られているエピソードも多く、全体として思ったよりすいすい読めた。
（新改訳、1970年初版、2003年第３版、いのちのことば社）
