Foomin Paradise (読書ブログ)

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伊勢崎 賢治 『自衛隊の国際貢献は憲法九条で 国連平和維持軍を統括した男の結論』

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 東京外国語大教授の伊勢崎氏が、東ティモールPKOを指揮、またシエラレオネアフガニスタン武装解除を指揮した経験をもとに、自衛隊による国際貢献のあり方を考える本。

 1990年代に入ってから自衛隊の海外派遣に関する議論が高まり、すでにイラクなどで派遣実績が積み重ねられてきた。伊勢崎氏は、世界の紛争地を渡り歩き、PKO武装解除オペレーションを指揮した経験から「現在の日本国憲法の前文と第九条は、一句一文たりとも変えてはならない」と主張する。平和を確保する上でときに武力が必要となるケースがあることを一般論として否定しない一方、非武装国家として世界に知られる日本にしかできない国際貢献のあり方がある、と説く。

 その具体的な方法は、①資金面での支援、②それに伴う政策・作戦面での介入、あるいは③非武装の軍事監視団への参加、そして④武装解除を含むSSR(治安部門復興)での人的支援。日本政府は湾岸戦争時の経験からか「カネだけでなく人も」と考えがちだが、伊勢崎氏いわく、どんなオペレーションも資金なしでは回らず、お金を出してきたことについてはむしろ誇りにすべきこと。また単にお金を出すだけでなく、その代わりに上流の政策やオペレーションの作戦面に口を出していく(多国籍軍PKO軍の司令部に将官を派遣するなど)も重要だと言う。前線の歩兵についてはむしろ発展途上国が自軍を派兵したがるのが通例であり、現状では民間会社でも可能な兵站や建設しか実施できず、また指揮系統や法的保護の問題もはっきりしない自衛隊をあえて派遣する理由はない。何より、日本が蓄積してきた中立性のイメージが損なわれ(PKOの場合であっても現地では必ずしも中立とは見られない)他の先進国が持ちえない特質、つまり「憲法9条に基づく外交力」が損なわれることになるという。

 上記の4番目「SSRでの人的支援」は、まさに伊勢崎氏が自らの手でアフガンで行ったもの。同氏は、日本の特別政府代表としてアフガンでのDDR武装解除、動員解除、社会復帰)オペレーションを指揮した。当時、戦争をやらない世界屈指の経済大国という「美しい誤解」によって、各地の軍閥たちに「日本の言うことだから信じよう」という気を起こさせ、旧国軍の武装解除に成功した。ある特定の軍閥が牛耳っていた当時の国防省の組織改革も、「この改革が進まない限り日本は支援を行わない」と押し切った。これは中立の不戦国という日本だからできた仕事で、米国や英国では不可能だったと米軍の幹部からも認められたと言う。実際のところ日本はインド洋沖の給油活動を行っていたが、アフガン国内では当時ほとんど知られていなかったため、伊勢崎氏はこれを「美しい誤解」と呼んでいる。

 本書は、DDR以後のアフガン情勢と、そこで日本が果たしうる役割についても触れている。旧国軍の武装解除は先行したが、SSRの他の分野は完遂されず、力の空白が生まれてタリバンが再び勃興するとともに、警察とそれを所管する内務省は腐敗の温床となっている。アフガンは麻薬の栽培地としても有名だが、これに地方警察が関与している場合も多いという。ここで伊勢崎氏は、内務省や警察にもメスを入れる大掛かりなSSRの再構築、そしてタリバンとの和解を実施に移すことの2点を提言する。この2つの仕事は「美しい誤解」を背景に持つ日本にしかできない。アフガンの真の復興に直結するし、また決して米国ありきでない、主体的な対米協力にもつながると言う。今日でも混乱の続くアフガン情勢を見ると、このアイデアはとても説得力を持って聞こえてくる。本来であれば、こうしたアイデアは外務省や防衛省の中から出てきても良い話だと思うのだが、実際のところどうなのだろう。

 ちなみに伊勢崎氏は、憲法解釈変更の議論についても発言されている自衛隊による武力行使は、日本の持つ中立性のイメージを損なうとして認めないとする姿勢は、本書で示された見解と変わっていない(集団的自衛権については、米国と共通の脅威に相対しても、日本が武力行使する必要はなく「平和交渉や非武装監視」で貢献すれば良いとの立場)。また国連PKOを事例として挙げつつその現実とかけ離れた説明をする安倍政権の姿勢を「不謹慎」と断じている。同政権としては、対米外交カードとして集団的自衛権を打ち出す中で、国連を中心とする集団安全保障体制への参加は付随的な検討対象でしかなかったのかもしれない。しかしそれでも、どのように世界の安全保障に関わっていくべきか、解釈変更の閣議決定の前に、より多くの時間をかけて国会や公の場で議論されるべきだったと思う。今後の国会では、同解釈変更に伴う多くの安保関連法案の改正が予定される。この具体論を論じる中で、自衛隊関係者も含め海外の紛争の実態を良く知っている人たちに数多く登壇してもらい、今後の国際貢献のオプションについて幅広い議論を展開してほしいと願う。

(2008年、かもがわ出版

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