Foomin Paradise (読書ブログ)

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ロメオ・ダレール、伊勢崎 賢治 『ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く』

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 内戦下のルワンダで国連PKO隊司令官を務めたダレール氏が出演したNHK番組「未来への提言」を書籍化したもの。平和構築の分野で多くの実務経験を持つ東京外大教授の伊勢崎氏との対談、同教授による解説も付いている。

 ダレール氏は現在、国会議員を務めつつ、自身のルワンダでの体験をもとに平和構築のあり方について各所で提言や講演を続けている。同氏の主張の核となるのは、「保護する責任」「中堅国家の連携」という2つの概念。「保護する責任」はカナダを中心とする学識者グループが2001年に提唱した。特定の国家が自国民の命や人権を守る事ができない場合、国際社会にはその人々を積極的に保護する責任があるというもの。ルワンダやスレブレニッツアの経験から来ており、国連の授権に基づく必要最小限かつ最終手段としての軍事行動の可能性を排除しない。「中堅国家の連携」は、日本やドイツ、カナダ、北欧諸国などが手を組んで行動することで安保理常任理事国5カ国の負担を減らし、ひいては彼らによる拒否権発動の可能性を減らそうというもの。これは、当時ダレール氏自身が苦しんだ、ソマリア介入直後の米国がルワンダ虐殺への対応をしぶった事例を教訓としている。

 「保護する責任」は多くの関係者の賛同を得、2005年の国連首脳会合でもその妥当性が確認された。実際のところ国連が、従来のPKOの枠を超えた武力行使の権限を国連ミッションに与えたり、他国の軍事作戦に武力行使を授権したりする例は、最近でも頻繁に見られる。東コンゴで反武装勢力M23を駆逐したより強い作戦権限を有する国連PKO中央アフリカ共和国に対する仏軍・AU軍の軍事介入に対する授権などがそうだ。ときに内政不干渉の原則とも相反しうるセンシティブな概念だが、従来の枠組みでは対応できない深刻な紛争に対処するうえではひとつの有効なアプローチのように思われる。とはいえこの概念の肝は、進行する事態への「対応」のみならず、その事態を「予防」し、事後には「再建」する責任を包含するという点。例えば前述の中央アフリカ共和国について、事態がここまで悪化する前に第三者が仲介しての外交的解決はありえなかったのか。またそもそも同国は独立後50年を経ても停滞する最貧国のままだが(ずっと国家としての体を成していなかったことから「幻影国家」と呼ばれている)、国際社会によるこれまでの協力は十分だったのか。その都度安易に武力行使オプションに飛びつくのではなく、長期的にこうした点をつねに問い直して行くことが必要になる。

 「中堅国家の連携」については、ルワンダ時代に辛酸を舐めたダレール氏ならではの発想で、素直になるほどと思わされた。カナダ、日本、ドイツなどダレール氏の挙げた国々は、安保理常任理事国の5カ国に比べ、世界の特定地域にあまり明確な利害を持たない国々である点も強い。常任理事国の利害が対立しないケースについて、彼らの負担を減らすことで、無駄な拒否権発動や決議引き延ばしを防ぐ効果はあるかもしれない。ただ、そもそも現在進行形のシリア内戦のように常任理事国同士が対立している場合は、いくら中堅国家が資金・人員提供を申し出ても、国連システムを通しての問題解決は依然難しいようにも思える。ときにはこうした中堅国家が連帯して、常任理事国に対して早期解決に向けた国際圧力を強めていくといったことも有効かもしれない。

 本書でのダレール氏と伊勢崎氏の対談は、日本の「保護する責任」の果たし方にも触れている。海外での武力行使には慎重な伊勢崎氏に対し、ダレール氏は日本が持つリソースの大きさを強調、より大きな責任を果たして行くよう促す。巻末の解説で、そのためらいの真意が明らかにされる:「自衛隊違憲か否か、もしくは海外派遣は軍事侵略か否かの神学論争的こだわりから脱却し、日本の武力が他国の一般市民を殺す事なく平和利用されるために、日本自身もしくは同盟国の経済的利益のための海外派遣の道を閉ざす純粋な人道主義の議論が、果たして今の日本で可能かどうか。否。逆に、『保護する責任』という国家を超越する概念が、低次元な国内政治、つまり自衛隊の海外派遣実績の積み重ねのためだけに利用される懸念を、私自身も強く共有する」という。そして自衛隊イラク派遣にあたっての稚拙な国会の議論と、国内報道の「大本営化」を引いて「私は、自衛隊という優良な軍事組織を、自衛目的以外に日本の領土・領海を超えて、他国の民の保護に役立てる日本人の民度を信じない」と断言する。

 これまで自分は、国際社会において日本の自衛隊が果たすべき役割について、もっと拡大的な運用があり得る、と単純に考えてきた。実際には、(ルワンダからの帰国後にPTSDに苦しみ自殺未遂を起こした)ダレール氏のように派遣される人員が障害を負ったり、或いは亡くなったりする可能性もあるし、そもそも国内防衛で自衛隊は手一杯、といったリソースの制約についての議論もある。とはいえ、ここまで正面から日本の政治の未成熟さ、あるいは「民度」の低さを理由にした議論に触れたのは、今回がはじめてだった。「日本がその経済力に見合った民度の向上を成し遂げるには、あと何十年かかるか」という同氏の見通しは、残念ながらその通りかもしれない。とはいえ、少なくとも長期的には、日本は世界の安全保障の問題に対してより一歩踏み込んで相対していくべきだし、実際にそれは実行しうる、と思っている自分もいる。この問題、もう少し腰を据えて考えてみたいと思っている。

(2007年、NHK出版)

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