Foomin Paradise (読書ブログ)

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ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』

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 文明の「発展」要因を紐解いた『銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎』で知られるダイアモンド氏が、今度は文明の「滅亡」要因を分析する本。
 
 ダイアモンド氏は、過去に起こった文明崩壊の要因として、①保有する自然環境・資源の脆弱性、②気候変動による悪影響、③近隣の敵対集団の攻撃の増大、④近隣の有効集団からの支援の減少、⑤これらの脅威に対応しうる政治・社会体制の脆弱さの5点を挙げ、イースター島マヤ文明ノルウェーグリーンランドら過去に崩壊した文明の事例をひとつずつ検証していく。高地ニューギニアや江戸時代の日本など上記の要因に晒されながらもその危機を回避できた事例や、ルワンダやオーストラリアなど脆弱性を抱えた現代文明の事例についても紹介する。その上で、環境負荷が高くグローバル化された現代世界が崩壊に向かって行かないようにするため、一人一人が環境・社会の観点から政治家や大企業にロビーしていくことが必要などの提言を行う。同氏は、情報技術の進展により過去や遠く離れた国の教訓が世界全体に素早く共有されるようになったことも踏まえ、世界の将来を過度に悲観はせず、あくまで「慎重な楽観主義者」のスタンスを取っている。
 
 本書では、森林破壊と木材の枯渇によって滅びたイースター島の前文明など有名な事例もカバーされるが、その白眉は、3章にわたって詳述されるノルウェーグリーンランドのエピソードである。かの地には西暦1000年頃からヴァイキングの一団が定住したが、15世紀には消滅した。その理由は、魚類を食べるのを禁忌とし、地力の乏しい土地には適さない羊や牛の放牧を行ったこと。また十字軍に伴う欧州市場での象牙の再流通により、重要な交易品だったセイウチの牙の価値が薄れたこと、森林伐採や土壌の浸食が進み、それに伴い木材や鉄が不足したこと、気候変動によって14世紀以降厳しい寒期へと突入したことも追い討ちをかけた。他方、同時期にグリーンランドに居住したイヌイットは、雪の洞穴に住み、動物の骨や皮でカヤックを作り効率的に狩猟する術を心得ていた。しかしノルウェー人は、それらの文化や技術を学ぶことはなくキリスト教徒としてヨーロッパ式の生活を送ることにこだわり、異教徒であるイヌイットを侮蔑の対象に置いた。その結果、両者はたびたび小競り合いを起こすことになったという。これは、ダイアモンド氏のいう文明崩壊の要素たる上記の5点すべてを満たす、現代の人類が教訓として学ぶべき象徴的な事例となっている。
 
 本書は1994年の大虐殺でも知られるルワンダについても一章を割き、その高い人口圧と余剰資源(土地)の枯渇が虐殺の遠因だっと強調している。この点は以前の投稿では明示的には取り上げなかったが、「旧政府の政治権力が国民に配分できる経済的資源が枯渇し、スケープゴートとして少数派のツチを攻撃するようになった」という大虐殺の直接の筋書きにつながる背景のひとつであり、他の多くの研究者からもその重要性が指摘されている。大虐殺から20年を経た今でも、この国の人口圧力はかつてないスピードで高まり続けており、政治不安の火種になりかねない危うさを抱えている(当然、現政権は人口圧力の緩和策にやっきになっている)。
 
 本書は、ひとつの論旨に沿って流れるような記述を見せた前書『銃・病原菌・鉄』と違って、やや冗長な記述が目立つ印象を受ける。例えば脆弱性を抱えた現代文明の事例として詳述される米モンタナ州についての章は、住んでいる人々のインタビュー結果をそのまま長々と引用する必要はなかったと思う。また中国についての一章は、そもそも中国が環境的に絶大なインパクトを与えていることは誰もが知っているが、その割に現状や今後の展望ついては一般論の域を出ておらず、この章自体が本当に必要だったのかという感じもする。上記の5要因が文明の崩壊要因として普遍的に過不足ないものなのかを証明するためにも、ひとつひとつの事例説明に割く分量を減らして、そのぶんより多くの事例(たとえばシュメール文明とか古代ローマとかビザンツ帝国とか)を取り上げても良かったのでは。

(原著:Jared Diamond "Collapse: How Societies Choose to fail or Succeed" 2005.
 邦訳:楡井 浩一 訳、2012年、草思社文庫)

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