Foomin Paradise (読書ブログ)

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ジャレド・ダイアモンド 『銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎』

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生理学と進化生物学、生物地理学を研究するUCLAのダイアモンド教授が、人類史の発展が大陸間で異なる経路をたどってきた理由を分析する本。

 ダイアモンド氏は、冒頭の命題に対する答えを、民族間の生物学的差異に帰する通説ではなく、あくまで地理環境的な要因をもって明らかにしていく。より具体的には、ピサロインカ帝国侵略は、なぜかくも簡単に成功したのか。逆のシナリオ、つまり新大陸による旧大陸の侵略はなぜ起こらなかったのか。その直接の原因は、殺傷能力の高い鉄剣や銃、機動性に富んだ馬、外洋船、それらの発達を可能にした複雑な政治機構や文字、また疫病に対する免疫などが、新大陸では旧大陸ほど発達していなかったこと。そして「究極の要因」として、ユーラシア大陸は東西に伸びているがアメリカ大陸はそうではなく、栽培や家畜に適した種の分散が旧大陸ほど容易ではなかったことだと言う。1万3000年前まで全ての大陸において人類史のスタート地点は同じだったが、栽培や家畜に適した野生種の多くが自生し、かつ気候条件の似通った東西方向への地理的広がりを持っていたことから、ユーラシア大陸では余剰食料の生産と人口の過密化、彼らが属する社会の階層化・大規模化、それに伴う諸技術の発展が加速度的に進んだ。家畜種が多いことから、より多くの疫病に対する人々の免疫力も向上した。他方、新大陸では栽培や家畜化に適した野生種がそもそも少ないうえ、南北に伸びていることによる異なる気候条件、パナマ海峡と中米のジャングルによって種や技術の伝播が妨げられた。より多くの時間があれば両大陸の差は縮まっていたかもしれないが、少なくともインカ帝国侵略の時点では、旧大陸の侵略者のほうが新大陸の被征服者よりも圧倒的にこうした条件に恵まれていた。

 ダイアモンド氏はこうした主張を、遺伝学や分子生物学生態学言語学文化人類学などの知見を引用しつつ、シンプルな論理構成でもって展開していく。例えば、ユーラシア大陸に多くの栽培化・家畜化可能な野生種が自生した点について、世界の「大きな種子を持つイネ科植物」全56種のうち33種、同じく「家畜化可能な動物(草食性または雑食性の、平均体重が100ポンド以上の陸生ほ乳類)」全148種のうち72種が同大陸に分布していたというデータが引用される。この「家畜化可能な動物」のうち51種はサブサハラ・アフリカの野生種だが、これらは成長速度や繁殖効率上の問題、あるいは気性が荒かったり序列ある集団を形成しなかったりといった理由によって、現代でも家畜化は成功していない(もしサブサハラ・アフリカの諸民族がカバやサイを家畜化できていたら、ヨーロッパ諸国の騎兵に勝る軍事力を持ち得ていたかもしれない、という下りは面白い)。また文字の発明と伝播が文明に与えた役割についての端的な例として、インカ帝国侵略時、同帝国には文字がなく旧大陸の技術や軍事力に関する伝達情報が欠落していたことが指摘される。世界で文字が発明されたのはシュメールと中米(そして恐らく中国)だけであり、前者の文字はユーラシア全土に伝播したが、新大陸ではジャングルと海峡に阻まれて南米には伝播しなかった。この情報の欠落が、インカ帝国の皇帝の過度な楽観をもたらし、ピサロの仕掛けた奇襲を大成功に導くことになった。

 とはいえ、ダイアモンド氏は「環境は変化するものであり、輝かしい過去は輝かしい未来を保証するものではない」と但し書きを加えることも忘れない。引き合いに出されるのは、ヨーロッパ諸国と同じユーラシア大陸にあり高度な古代文明を成しながらヨーロッパ諸国の後塵を拝した、肥沃三日月地帯(中東)や中国についての話。肥沃三日月地帯は、不運なことに環境的に脆弱であり、切り倒された森林が簡単に甦らなかったため、今やほとんど砂漠が主体の地域になってしまった。中国は、政治的統一が容易な地理条件が災いし、15世紀には外洋に大船団を派遣しながら、その後の帝国が内部の権力闘争にかまけ、船団派遣が取りやめられ、水力紡績機など他の重要技術も放棄、産業革命の萌芽を摘み取ってしまった。政治的統一が困難だったため互いに技術競争の相手に事欠かず、外洋船や蒸気機関など近現代において多くの技術を進展させてきたヨーロッパ諸国とは対照的である。
 
 古代の情報が少ないアフリカについても一章を当てている。『新書アフリカ史』などにも一定の記述があるが、本書の論旨に沿って見て行くと、よりアフリカの古代史を分かりやすく理解できる。本書によれば、西暦1000年頃、アフリカ大陸には5つの人種が存在した。(サハラ以北の白人、同以南の黒人、ザイール川地域のピグミー族、南部アフリカのコイサン族、マダガスカル島インドネシア人)このうち、インドネシア人がどのようにインド洋を横切ってマダガスカル島に到達できたか詳細は未だに謎だ。湿潤な気候に適した農作物と鉄器、マラリアに対する抵抗力を備えていた西部のバンツー族(黒人)は紀元前3000年頃から東部・南部に進出を始め、これらのアドバンテージを持っていなかった狩猟採集民・コイサン族の居住域を狭めて行った。また近代史においてアフリカ大陸がヨーロッパ諸国に蹂躙され、その逆が起こらなかった理由は、新大陸のインカ帝国ピサロに滅ぼされた背景と同じ、つまり南北に伸びた大陸と栽培化・家畜化可能な野生種の少なさによるものだ。

 数万年に及ぶ世界の人類史という壮大なテーマを、学際的な知見を引用しつつ、それでいてシンプルな結論に持っていくダイアモンド氏の手腕には素直に脱帽。文庫版で上・下、計800ページを超える大著だが、結論を支えるうえで不要な部分はほとんどない。冒頭で考察の全体枠組みを示した後に時系列でその詳細を綴っていくので、読んでいる途中に論旨を見失うこともない。大陸で異なる発展の理由を、環境要因というただひとつの理由で説明されることに違和感を覚える読者もいるかもしれないが、読んでいるうちにその疑問は氷解していくだろう。ただし新大陸と旧大陸が交わり、グローバル化によって資本や技術の伝播のスピードが格段に早まった現代においてダイアモンド氏が本書で論じる要因を当てはめると、どうしても無理が生じる。新しい時代における文明の発展要因を理解するためには、また異なる分析の枠組みが必要になる。

(原著:Jared Diamond "Guns, Germs, And Steel: The Fates of Human Societies" 1997.
 邦訳:倉骨 彰 訳、草思社文庫、2012年)

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