Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

長塚 節 『土』

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 小説家の長塚氏が、自身の体験を元に、明治期のある貧農の厳しい暮らしを写実的に描いた小説。

 学生時代にいちど読んだことがあるが、先日『日本の農業150年』という本を読んだのがきっかけで、再度読み直してみた。

 茨城県は鬼怒川のほとり、文字通り地べたに這いつくばるようにして困窮のなかを生きる勘次一家。日雇いと耕作の厳しい暮らし、食い扶持を減らすための無理な中絶によって妻のお品は急逝する。勘次はしだいに追いつめられ、近所の畑から作物を盗んだり開墾地の木の根をくすねたり、周囲との諍いを起こすようになる。ついには幼い息子と老いた義父の不注意で、小火によって家が消失する。というところで小説は唐突に終わりを迎える。ストーリーに目立った起承転結があるわけではなく、一家の日常生活が淡々と描写されてゆく。

 「農民文学の金字塔」とも言われる作品だが、辛い描写の連続で、読んでいて苦しい印象が先に立つ。かの夏目漱石も「余の娘が年頃になって、音楽会がどうだの、帝国座がどうだのと云い募る時分になったら、余は是非この『土』を読ましたいと思っている」とのコメントを巻末で寄せている。現代の都会に住む読者であればなおのこと、ここまで苦しく耐え忍ぶ生活が、たかだか100年前に首都からさほど離れていない農村で見られたとは、なかなか想像するに難しい。

 いっぽうで本書の折々で展開される上総の自然や四季、村の風俗の描写は緻密で美しく、あたかもその場に居るかのような臨場感がある。「烈しい西風が目に見えぬ大きな塊をごうっと打ちつけては又ごうっと打ちつけて皆痩せこけた落葉木の林を一日苛め通した。木の枝は時々ひゅうひゅうと悲痛の響を立てて泣いた。」という冒頭の描写から、鮮烈なイメージが頭の中に流れ込んでくる。物語の筋云々よりも、こうした描写の部分に注目するのもひとつの読み方だろう。

新潮文庫、1950年)

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