中尾 佐助 『栽培植物と農耕の起源』
農耕文化というと、農地制度や農耕儀礼など多くの要素を包含するが、本書は「種から胃の中まで」、純粋に作物と農業に関連する部分のみを取り扱う。世界の農耕分化を、「地中海農耕文化(大麦、エンドウ、ピート、小麦)」「サバンナ農耕文化(ササゲ、シコクビエ、ひょうたん、胡麻)」「根栽農耕文化(サトウキビ、タロイモ、ヤムイモ、バナナ)」「新大陸農耕文化(ジャガイモ、菜豆、カボチャ、トウモロコシ)」といったぐあいに主要な発生地ごとに分け、それぞれの特色や他地域への伝播の流れについて述べていく。
これら概説の中には、幾つものおもしろい発見がある。たとえば日本人にとってもっとも馴染みが薄いと思われるアフリカ・南アジア起源の「サバンナ農耕文化」。ミレットと呼ばれる雑穀類やマメ類、それに多彩な果菜類と油料作物が加わり、澱粉や糖類に偏った東南アジアの「根栽農耕文化」よりも栄養バランスの良い食糧が確保されることになった。「地中海農耕文化」の伝播がアフリカ大陸に及んだとき、その代表たるムギはエジプトの農耕を一変させたが、その影響はスーダン以南には伝わらなかったという。既に雑穀とマメを主力とする「サバンナ農耕文化」が根付いたため、「ムギなんか受け付けなかったのだ」(ただし固有の家畜を持っていなかったため、ウシなどの家畜だけはその接触から受け入れた)。
初版の発行からは既に50年近くが経過。現在では個別の論点については多くの類書でアップデートされているに違いないが、この壮大なテーマが一冊の新書にまとめられているというコンパクトさ、また中尾氏の分かり易い語り口は、依然として魅力的。世界の農業や農業史に関心のある方におすすめ。
初版の発行からは既に50年近くが経過。現在では個別の論点については多くの類書でアップデートされているに違いないが、この壮大なテーマが一冊の新書にまとめられているというコンパクトさ、また中尾氏の分かり易い語り口は、依然として魅力的。世界の農業や農業史に関心のある方におすすめ。
(1966年、岩波新書)