Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

チママンダ・N・アディーチェ 『半分のぼった黄色い太陽』

 新進気鋭のナイジェリア人作家による、ビアフラ戦争期の同国南東部(旧ビアフラ共和国)を舞台に、三人の主人公の恋愛や葛藤、喪失を描いた小説。

 三人の主人公の顔ぶれは、大学教員の家に務めるハウスボーイ(召使いの少年。田舎から町の裕福な家庭に出てきて、住み込みで掃除や洗濯など家事一切を担う。昔の日本でいう丁稚奉公みたいなもの)のウグウ、その主人の大学教員のパートナーである美貌の実業家令嬢オランナ、彼女の双子の姉の恋人で悩める作家のリチャード。ングウとオランナは、ビアフラ戦争の片方の主役を担ったイボ族で、リチャードは、その文化や人々に魅せられてナイジェリアにやってきたイギリス人。出自も国籍も違う三人の人生が、同国南東部の学究都市ンスカで交叉して、物語がはじまる。

 異性への慕情、姑との不和、パートナーの不貞、異人種への偏見、近しい人々との絆。どこの時代のどこの社会にもある人の喜びや悩みが、丹念に描かれる。本書の中盤からはビアフラ戦争の時代に突入する。三人の主人公は、三者三様の形で戦争に巻き込まれ、その中で自身の立ち位置を模索して行くことになる。戦況が苦しくなり、多くの喪失を味わう中で、家族や恋人との絆はいっそう深まっていく。わりと分厚めの小説だが、登場人物の行く末が気になって、後半は一気に読ませる。

 本書は、ビアフラ戦争がどんなものだったのかを知るための良い材料にもなる。戦争末期のビアフラ共和国は、ナイジェリア連合軍の兵糧攻めによって深刻な飢餓にあえいだ。著者のからっとした筆致に助けられてはいるが、それでも日に日に悪くなる戦況、難民キャンプの描写は凄惨で、改めて戦争の醜さ、イデオロギーによって人々を駆り立てる指導者の罪の重さを思い起こさせる(戦争を指導したオジュク中佐は、結局祖国を捨ててコートジボワールに亡命した)。

 実際にナイジェリア、あるいはサブサハラ・アフリカのどこかに滞在したことがある人なら、本書を彩るさまざまな社会や人々の暮らしの様子についての描写にもすんなり入って行けるはず。そうでない人でも、「ハウスボーイってなに?」というところから楽しむつもりで、ぜひ手に取ってみてほしい。アフリカの大地と人々が持つ熱気が、手に取るように伝わってくる。

(原著:Chimamanda Ngozi Adichie, "Half of a Yellow Sun" 2006.
 邦訳:くぼた のぞみ訳、河出書房新社、2010年)

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