Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

真山 仁 『コラプティオ』

 『ハゲタカ』や『ベイジン』で知られる真山氏による、震災後の架空の日本政治とカリスマ宰相のリーダーシップ、その虚構と腐敗を描いた小説。

 震災後の日本で、ビジョンと巧みな弁舌によって立て続けに復興政策を立案し、圧倒的な国民的支持を受けて総理に上り詰めた宮藤。日本の再建に邁進する宮藤だが、次第にその言動に不遜の色が見え始める。経済再建の目玉として彼が打ち出した原発輸出政策に欠かせないのは、悪名高い西アフリカの小国・ウエストリアにあるウラン鉱山の権益。同国政府による自国民の大量虐殺が明らかになった後、政権への賄賂を取り仕切っていた官房長官を、宮藤は自らの保身のために切り捨てる。かつて彼のビジョンに共鳴し、調査官として支える白石は、主席秘書官の田坂、元同級生の新聞記者・神林らとともに、独裁者と化しつつある宮藤に引導を渡すべく、一計を案じる。

 この小説は、架空の世界の話ではあるが、現実世界にも容易に敷衍しうる多くの重要な問いを読者に投げかける。日本経済の再建の切り札として欠かせない権益を取得するために、公費を使っての他国政府への賄賂は許されるか。その政府が大量虐殺などの犯罪に手を染めている場合はどうか。国に希望を与え、これからも与え続けるであろう唯一無二の偶像に対しては、その不正を不問とすべきか。主人公の白石は、こうした問いに対して、崇高な理想のためには一定の必要悪もやむを得ないとしつつも、次第に自己陶酔と虚栄、保身に走るようになった宮藤に対し、彼が完全な独裁者となってしまう前に引導を渡すことを決める。また彼と共同戦線を張ることになる田坂は、青年海外協力隊だった過去の経験から、日本は市民を虐殺するような政権への支援を絶対にしてはならない、という強い信念をもつ。

 本書の見所のもうひとつは、架空のウエステリア国の描写を通じて、サハラ砂漠内陸国ニジェールの様子が垣間みれること。本書執筆に当たり真山氏は直接現地取材に行かれている(実際にジェノサイドや紛争ダイヤ取引が行われたのは別の国だが)。当方も2010年クーデター前のニジェールに仕事で行った事がある。作中で神林がウエステリアを訪問したとき、飛行機から下りた瞬間、照りつける灼熱の太陽に「バーナーで焼かれている」ような感覚を味わったとの描写があるが、かつて自分も同じように感じたのを思い出した。本書ではウエステリアのウラン鉱山を巡って日本を含む先進国同士が争奪戦を繰り広げるが、実際のニジェールでも仏政府出資の巨大企業・アレヴァ社が伝統的にウラン開発を行い、近年では中国など新興国も鉱山開発に着手、文字通り資源争奪戦の様相を呈している。実際のニジェールは、本当に暑く乾いており、国土の大部分が砂漠か、或いはわずかな水を頼りに早朝と夕方に細々と野菜や穀物を耕しているような場所ばかり。そんな厳しい環境の中でせっかく産出されるウランだが、その収入が正しく国の開発のために使われてきたのか、この国の現況を見る限り疑問に感じざるを得ない。むしろ鉱山のある北部の反政府運動や、他国による不透明な政治介入など、ウランのせいで国が不安定となってきたようにも思える。
 
 なお本書発行後の著者インタビューによれば、本書は民主党政権時代の2010年2月から連載され、東日本大震災発生直後の2011年3月に連載終了、その後単行本化にあたり「震災後の日本を再び立ち上がらせた名宰相としての宮藤」「事故を起こした日本だからこそ安全な原子力発電技術を世界に打ち出して行く、というロジックの原発輸出政策」など、大幅な加筆を行ったという。本書発行以後の日本は、政権交代、その後のカリスマ政権の登場、その政権による原子力輸出政策の再開など、本書が描いたとおりの展開を見せている。真山氏の慧眼に改めて恐れ入る。

文藝春秋、2011年)

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