Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

A・V・バナジー、E・デュフロ 『貧乏人の経済学 もういちど貧困問題を根っこから考える』

 MIT教授のバナジー氏とデュフロ氏が、ランダム化比較実験(RCT)と呼ばれる研究手法をもとに、貧困者の生活行動やインセンティブの観点から、貧困削減についての新たな処方箋を提示しようとする本。
 
 本書の主張は、「開発援助か市場メカニズムか」といったサックス・イースタリー論争のような大きな問題に白黒の答えはなく、むしろ個々の具体事例ごとに問題を適切に見極め、最適なアクションを取っていく地道な努力が必要というもの。それを裏付けるために、両氏をはじめとする研究者たちが過去10年以上に渡って世界中で積み上げてきた事例を使いつつ、食料、保健医療、教育、人口、金融商品、雇用といった分野について、具体的な提言を重ねていく。分野ごとの主立った分析・提言には以下のようなものがあり、いずれもこの分野における既存の文献が必ずしも明確にしてこなかった、新しいアイデアを提供してくれる。

・貧しい人は、追加収入をときに必ずしも食費(カロリー増)に使わず、嗜好品や豪華な冠婚葬祭(そちらの方が大事と捉えられるケースは多々ある)に支出することがある。いっぽう乳幼児の栄養不足は、成人してからの所得に確実にマイナスの影響を及ぼすため、むしろこちらを重点的に支援する方が良い。

・貧しい人は、安価な予防よりも高価な事後治療にお金を使いがち。適切な知識、そして「(目先の利益のために長期的な利益を先送りしないという)よほどの自制心と決断力がないと、定期的に子供に予防接種を受けさせたりはしない。予防接種に来た家族に食料や景品を与えるなどして彼らのインセンティブを「後押し」することが有効。

・貧しい人が、一人の「頭がいい」子供に教育投資を集中させるのは、彼らなりの合理的の判断による。また途上国の学校制度はエリート主義的なことが多く、一部の優秀な子供のみにあわせて教育する一方、多くのドロップアウトを生む。しかし本来はすべての児童が一定の教育を受けたほうが全体として見たときの恩恵は大きいはず。

・貧しい人たちが抱えているリスクは膨大だが、そのヘッジ手段は少ない。災害保険や天候保険は、常に信頼の欠如という問題を伴う(作物が干上がっていても、所定の降雨計が基準値以上であれば当然ながら補償は受けられない)。こうした保険料の支払いには、政府が一定の初期支援を行い、その信用を補完すべきだ。

マイクロファイナンスは確かに貧困削減に役立つが、往々にして融資メニューは個別ニーズへの対応に柔軟性を欠き、融通の利く伝統的な高利金貸しがこれを補完している。また中規模以上の事業への融資、リスクの高いスタートアップ金融には向かない。ここは従来の銀行がリスクカバーできない部分で、今後の課題。

・途上国でよく見かける作りかけの住宅は、お金が入ったときにすぐ支出して他の浪費を防ぐという、人間心理にかなった貯蓄手段。そもそも貧乏な人は、先進国の一般の人々と比べても、積立て目標までの遠さ、貯蓄判断を代行する制度(年金とか)の欠如、日々のストレスの多さなどから、より多くの自制心(「筋肉のようなもの。使うと疲れる」と著者は表現する)を必要とする。

・途上国では、自分の事業を運営している人は多いが(村の小さなキオスクとか)、それを拡大させようとする人は少ない。資金調達や経営能力の問題で追加投資は難しく、限界収益は急速に減る。そもそもこうした事業は、家族が俸給職(軍隊とか公務員)にありつけないときの代替手段だと、多くの人が認識している。

・貧困を削減して行くためには、上流の制度変革は必ずしも必要でない。その周縁部、個別のイシューに少しの変化をもたらすだけで、大きな成果を挙げられることもある(ウガンダでは財務省が地区ごとの対学校送金額を毎月公表するようにした。実際の受領額と食い違った学校の校長が苦情を提出するようになり、地方の役人は以前よりも送金を横領しなくなったという)。

 以上のインプリケーションの中には、当方も仕事柄いろんなアフリカの国々をまわっているが、その各地での印象や、現地で働く方々の話とも合致するものも多く含まれている。こうした含意が必ずしも全てのケースにおいて一律に適用できるものではないことには留意しつつも、それが今後の貧困削減の取り組みを設計していく上で示唆するものは大きい。たとえば現在、開発の担い手としての民間部門の存在感は日増しに大きくなっているが、マイクロファイナンスと従来の銀行融資との隙間をつなぐ資金が必要、という主張は印象に残った。途上国の金融システムに対する支援にはこれまでも様々な実績が積み重ねされてきているが、まだまだ試行錯誤の余地はありそうだ。また「そもそも貧乏な人は、先進国の一般の人々と比べてより多くの自制心を必要とする(なのでそれなりのインセンティブの後押しが必要になる)」というくだりは、当たり前といえば当たり前の話だが、「貧しい人は貧しいのだからもっと働く必要がある」みたいな未だに聞かれる安易な精神論とは明らかに違い、貧しい人々に常に寄り添いながらもクールで冷静に貧困問題を分析する、信頼のおける著者の姿勢が表れている。
 
 近年の開発経済学は、上記のサックス・イースタリー論争に代表されるマクロな蓄積から、本書のような実証的な研究に至るまで、総じて大きな歩みを見せてきた。現実をみても、世界の貧困人口は主に中国の経済発展を通じて大幅に減ってきているし、また一時は悲観的なトーンで語られたサブサハラアフリカ諸国も、資源価格高によって独立以来なしえなかった数字の経済成長を達成しつつある。5/31付の英Economist誌は、「貧困はいまや解決できる問題だ」と述べた。あいまいな観念論や経済学上のイデオロギーを捨てて、志ある政治家や実務家、企業家たちがプラクティカルに尽力すれば、近いうちにこの問題は何とかなるところまで来ている。

(原著:Abhijit V. Banerjee and Esther Duflo, "Poor Economics: A Radical Rethinking of the Way to Fight Global Poverty" 2011, Public Affairs
 邦訳:山形 浩生 訳、2012年、みすず書房

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