Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

鈴木 裕之 『ストリートの歌 現代アフリカの若者文化』

 文化人類学者の鈴木氏が、コートジボワールアビジャンのストリートで見られる若者文化について、自ら現地で体験し、調査した結果をまとめた本。
 
 本書のユニークな点は、鈴木氏自身が「あとがき」で「学術的データと個人的体験の双方を、あるいは両者の中間にあるものを読者に伝えたい」と述べているように、同氏が実際に体験したストリート文化の描写に加え、文化人類学的な背景説明が、随所で文章に深みを与えているところ。たとえば肉体的強さを信条とするストリート・ボーイたち「ルバ」に取材をしたとき、謝礼のことで「ルバ」たちと一触即発になるシーンは、それだけでじゅうぶん臨場感あふれる読み物だが、続いて加えられる「ルバ」のルーツやアビジャンのストリートでの位置づけについての説明によって、彼らの存在を更により立体的に浮かび上がらせることに成功している。

 本書で描かれるアビジャンのストリート・ボーイの世界は、独特のエネルギーに満ち、それ自体がひとつのアートのようだ。「ヌゥシ」と呼ばれる彼らは、たいていが家庭や学校をドロップアウトし、その日の食い扶持を稼ぐために、路上で物を売ったり、靴磨きをしたり、駐車している車の見張ったり、バスの客引きをしたり、ときにはスリなどの犯罪に走ったりもする。彼らは、正式フランス語や現地フランス語(ムサ・フランス語)、ジュラ語とも違う、ストリートでしか通用しない独特の言語を使う。本書ではその一端が示されるが、その語彙や使い回しの豊かさ、それが生まれるに至った経緯には驚かされる。中でも一万フラン紙幣を意味する「Tais-toi(黙れ)」の語源には、思わず笑った。

 本書の後半は、音楽ないしマスメディアを媒体として、ストリート文化がストリートの外に溢れ出して行く様子が描かれる。鈴木氏曰く、ガーナやギニアコンゴ民主共和国と比べてコートジボワールは伝統的な自国ポピュラー音楽を持たない「弱小」国家であり、「舶来品が好き」な国民性もあいまって、カリブ海や欧米発のレゲエやラップが、コートジボワールのストリートを席巻することになった。鈴木氏の親友であったというラップ・シンガーのロッシュ・ビー氏は、ストリート・ボーイの時代に自らの曲を書き上げ、プロデューサーを見つけて大ヒットを飛ばし名実共に成り上がるが、そのあまりにストリートな振る舞いが煙たがられ、ショー・ビジネスの世界から遠ざけられてしまう。ジェット・コースターのような彼の半生は、アビジャンという大都会が持つ希望と無情さをそのまま象徴しているようだ。

 なお本書では、7つの章それぞれにテーマ・ソングが割り振られており、その歌詞とともに鈴木氏による詳細な解題が付いており、これだけでも読み応えがある。「アビジャンにおけるストリートとレゲエ、ラップとの深いつながり」は本書の至るところで証明されており、このジャンルの音楽が好きな方にとっては、この解題が、アビジャン、ひいてはアフリカ諸都市のストリートに入り込んで行く際の、これ以上ない道先案内人になるだろう。

(2000年、世界思想社

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