Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ウィリアム・イースタリー 『The White Man's Burden』

 『エコノミスト南の貧困と闘う』で知られるニューヨーク大学イースタリー氏が、過去の途上国への開発援助を批判し、開発における個人や市場インセンティブの重要性、今後の援助のあるべき姿について語った本。

 開発援助から安直な「資金ギャップ・アプローチ」を排し、「人はインセンティブに反応する」という市場のメカニズムを随所に適用すべきというのが同氏の前著での主張だったが、本書ではその主張が従来の援助機関向けにさらに痛烈なものになっている。ことさら批判の舌鋒が向かうのは、本書発行のちょうど前年に『貧困の終焉』で、「資金ギャップ・アプローチ」を下敷きに更なる開発援助拡大を主張したコロンビア大学の重鎮、ジェフリー・サックス教授。同教授に代表される「Planner」は、途上国の人々個人のインセンティブや行動様式を考慮せずに自ら(白人)の知識が正しいと信じ込み、現場から遠いところで政策や枠組みといった大上段の計画づくりにかまけ、その結果過去50年の開発援助は惨憺たる結果を示してきた、と言う。この「Planner」と対比されるのが「Searcher」で、彼らは常に現場に近い場所にいて、説明責任とフィードバックをもって絶えず実践を行い、何が成果を生むのかを理解している人々。こうした人々による具体的な成果事例として、グラミン銀行マイクロファイナンスや、メキシコのプログレッサ(条件付き現金給付(CCT)の先行事例)を挙げている。
 
 ただしイースタリー氏は、必ずしも開発援助そのものを否定しているわけではない。個人のインセンティブや行動様式を考慮して入念に計画された援助、たとえば費用対効果の高いエイズ予防支援や、学校給食を通じた教育パフォーマンスの改善については賞賛しているし、貧困層にとってもっとも必要と思われる物資、たとえばワクチンや抗生物質、肥料や改良種子といったものを(市場志向のアプローチで)貧困層に届かせること自体はまったく否定していない。但しこれまでの援助を担ってきた援助機関に対しては、通常企業が有しているような説明責任とフィードバックを強化すること、すなわち援助量でなく成果で援助を評価し、そのプロセスの中で自らを改革して行くことが必要だと訴え、受益者が自らにサービスする援助機関を決めるバウチャー制度の導入まで提唱している:「End conditionality. Stop wasting our time with summits and frameworks. Give up on sweeping and naive institutional reform schemes. The aim should be to make individuals better off, not to transform governments or societies.」

 こうして見ると、サックス氏とイースタリー氏の論争は、開発援助の量と質に関する古くて新しい議論をそのままなぞっているようにも見える。援助量が重要か、援助の質が重要か。個人的には「どちらも重要」と答えるしかない。例えばイースタリー氏が賞賛するプログレッサのような条件付き現金給付は、個人のインセンティブをうまく活かした事例であり今やアフリカなど他地域でも適用されているが、もちろんそれ相応の政府財源を必要とする。また両氏の論争を「市場か政府か」という古くからの論争の亜種である、と捉える向きもある。しかしこの論争でも、どちらかの役割を完全に不要と見なすような人はほとんどいないだろう。重要なのは両者のバランスであり、援助の質が高まる限りにおいて、援助の量的拡大は今後も引き続き特定の開発分野で有効だろう。但しそのためには、援助の計画者はよほど慎重かつ大胆に、個人や企業のインセンティブ、あるいは市場のメカニズムについて敏感になり、ときには過去の官僚的慣習を捨ててより良い手法を生み出していく、不断の努力を続けなければならない。
 
 開発援助の実務者や研究者は必読、そのほか援助に関心のある業界外の方々にとっても視点を広げてくれる本だと思う。同じ主張の繰り返しが多くやや冗長なのが難だが(構成をすっきりさせれば半分以下のボリュームになると思う。冒頭の『貧困の終焉』とロバート・オーウェン氏の著作との比較とかはやり過ぎ)、それでもこの分野では今なお重要な本のひとつである。
 
(William Easterly "The White Man's Burden" 2006, Penguin
 邦訳:小浜 裕久 訳『傲慢な援助』2009年、東洋経済新報社

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/F/Foomin/20190829/20190829194417.jpg