Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ジョエル・ロブション 『ロブション自伝』

 現代フランス料理の旗手、史上最短でミシュラン三ツ星に輝いたジョエル・ロブション氏の自伝。
 
 1980年以降のフランス料理は、ヌーベル・キュイジーヌの後を受け、素材の味を活かしながらも、古典への回帰と最新の調理技術を特徴とした、いわゆる「キュイジーヌ・モデルヌ」という潮流の中に位置づけられる。その中で最も成功した料理人の一人と言って良いのがロブション氏で、1984年、彼の「ジャマン」が開店からわずか3年でミシュランの三ツ星を獲得して以来、今もなお料理人として、経営者として、後輩にとってのメンターとして、高い名声を保ち続けている。
 
 本書を読むと、長きに渡って名声を保ち続けている理由が、ひとえに同氏の料理に対する真摯な姿勢とあくなき探究心に根ざしていることが分かる。同氏は、豊かな自然をもつポワトゥ地方の田舎に産まれ、中等神学校の厨房で修道女の調理を手伝ったことことから、料理の道を歩み始める。15歳のときにレストランで働き始め、皿洗いや厨房の掃除にはじまり、野菜切りや下ごしらえ、肉の管理、パティスリなど、さまざまな食材の扱い方を、文字通り実地で自らに染み込ませて行った。
 素材を最大限に活かし、伝統を踏まえながらも、独創的なレシピを作り出す、というロブション氏のスタイルは、数多の食材を熟知し、かつ伝統的なレシピに精通していることなしには成し得ないものである。今日のフランス料理が扱う素材や、これまで蓄積されてきた調理方法は凄まじい数に上るが、本書でも記されるとおり同氏は、自らのハードワークでもって、15歳の時から20代にかけ、厨房の中でこれらの知識や技術を少しずつ体得してきた。その毎日の緊張感と勉強の繰り返しが、今日の同氏を形作る主要な土台の一つとなったことは間違いない。
 この点は、現在の調理人見習い制度について同氏が語るとき、大きなコントラストを成す。現在の制度は、「若者を酷使しようとする企業から守るため、それは見直され、手直しされて、法的な制約が加えられてい」るが、その結果、都市ではディナーのサービスがピークに達する夜10時以降働けないために現場の緊張感を覚えられない、学校のプログラムが旧態依然としているために「小さな店の上に立つ若い料理人が、バターでモンテすることも、パイ生地を作ることも、古典的なソースを作ることもできない」というような事態が起こっているという。「私が思うに、若ければ若いほど、さまざまな決まり事に順応出来る。18歳、あるいは20歳では、すでに遅すぎるのです」という同氏の言葉からは、自身が積み重ねてきた修練の自負と、この世界のトップ職人に求められるハードルの高さが滲み出ている。
 
 他にも、経営の視点から見たレストラン業、料理ジャーナリズムとの関わり方、真空調理など新たな調理技術や食品加工業の可能性、フリーメイソン会員としての告白、日本との長く深い関わり(ロブション氏のレストランは恵比寿と六本木にある)、プライベートでの食生活など、多くの興味深いテーマについて、率直に彼自身の言葉が綴られている。巻末には彼自身の手によるレシピ集(とても家庭で真似出来るレベルではないが・・・)も付いており、フランス料理に関心のある方にとっては読み応えのある構成になっている。

(原著:Joel Robuchon et Elisabeth de Meurville "Le Carnet de Route d'un Compagnon Cuisinier", 1995, Edition Payot et Rivage.
 邦訳:伊藤 文 訳、中公文庫、2008年)

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