Foomin Paradise (読書ブログ)

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明石 康 『国際連合 軌跡と展望』

 元国連事務次長の明石氏が、国連の歴史や機構、活動について分かりやすく解説した新書。

 何度も改訂が重ねられているロングセラーとあって、国連を知るための基礎知識がまんべんなく網羅されており、読みやすい。それはそれで残念な部分でもあるが、明石氏個人の見方や提言は最小限に抑えられており、あくまで国連に関連する主要な事実のみが淡々と述べられている。またトピックによってはやや記述が不十分と思わされる箇所も幾つかあるが、これは本書の紙幅上、致し方ないだろう。

 現代の国連が抱える最大の争点は、安保理常任理事国だけが持つ拒否権である。これについて明石氏は、中小の加盟国が国連のせいで勝ち目のない大国との世界戦争に駆り出されることを防ぐための、「安全弁」であると形容する。冷戦期の国連については「東西両陣営の緊張が直接的な軍事緊張に導かれないように、話し合いを推進してゆくとともに、平和維持活動のような、国際紛争を解決するための新しい方法や手段を発展させてきた」と肯定的に評価しつつ、冷戦後の国連については、恐らく旧ユーゴやソマリアルワンダの経験を念頭において、「説得や外交調停だけでは解決できない手強い紛争や民族対立、大量破壊兵器製造の疑惑、テロリズムなどが、発生してきている」と課題を挙げている。これに対して明石氏は、より広範なマンデートと兵站PKOに持たせるよう提案した2000年の「ブラヒミ報告」、安保理武力行使を許可する際の明確規準を設けるよう求めた2005年の「アナン報告」など昨今の国連の潮流を紹介している。

 明石氏が自身の考えを特に明確に訴えているのは、国連と日本との関わりについて述べた部分においてである。例えば、PKOの迅速な展開を可能とするための国連待機制度について「70カ国以上がこの制度に参加しているが、我が国が未参加なのは残念なことである」と述べる。また日本の安保理常任理事国化についても、「(アナン報告などが指摘した)新常任理事国の三つの参加要件、つまり(a)財政的、(b)軍事的、(c)外交的貢献のすべてを、我が国が既に十分に満たしているとは、私は思わない」と端的に述べ、「常任理事国として、いったい何をするのか。めざす国際社会のビジョン、価値観と理念、我が国が果たすべき役割などについて、長期的かつ具体的な思索と検討を進めるべきである。そのために、マスコミや国民を挙げた、幅広い議論が展開されなくてはならない」と、言葉を選びながらも、現状の貧しい議論を憂いている。

 ここからは私見だが、日本の自衛隊は年間5兆円以上の予算をあてられ、実質的に世界有数の軍事力を有しているのだから、世界で展開する各PKOへの参加は、上述の国連待機制度を含め、より積極的に検討されて良いと思う。昨今のイラクへの派兵や、いわゆる集団的自衛権に基づく派兵は、国際法上も倫理的にも危ういが、PKO、あるいは紛争後の平和構築については文民のみならず軍人ももっと存在感を見せて良い。とかく国際的な事象への無関心、または短絡的・感情的な反応が目につく昨今の国内世論だが、明石氏のいう「真摯にのびのびと、説得力をもって世界に働きかける」ような雰囲気に、どうにか反転できないものか。

(2006年、岩波新書

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追記(2013年6月10日):
 上記の国連待機制度について、本書発行後の2009年7月に日本も登録済みでした。調べが足りておらず、失礼いたしました。