Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

最上 敏樹 『国連とアメリカ』

 ロングセラー『人道的介入』で知られる最上氏が、国連とアメリカの関係を国際連盟創設期までさかのぼり、両者の相克、今後の展望をまとめた新書。
 
 最上氏の問題意識は、ブッシュ政権下のアメリカの国連への敵対的な姿勢、より概念的に言えば「帝国」と「多国間主義」との間の相容れなさである。同氏は、国際法における合法な武力行使は、(1)自衛権の行使、(2)国連自身の軍事行動(強制行動)、(3)安保理により許可された国々の武力行使、のいずれかに限られると改めて指摘した上で、2003年のイラク戦争を、安保理決議を「バイパス」した1998年のイラク空爆や1999年のユーゴ空爆よりもたちの悪い、「偽装多国間主義」と表現する。
 ただし同氏は、この両者の相克はブッシュ政権下でいきなり顕在化したものではないという。多国間主義への参画によって自らの手足が縛られる事を嫌う風潮は、米国内の世論や議会、特に保守層の間で綿々と受け継がれてきた。たとえば国際連盟創設期に当時の米国大統領ウィルソンが大きな役割を果たした事は知られているが、欧州による中南米への介入を嫌って「モンロー主義のような地域的了解の有効性」を連盟規約上で認めさせたほか、最終的には主権の制限を嫌う上院の手によって連盟参加の批准自体が見送られてしまう。第二次大戦末期には国際連合の設立に最も尽力したが、最上氏によれば連合国内で活発な諜報活動を繰り広げるなど、自由主義圏の盟主として、自らの意に沿うようにシステムを作ろうとする意思が垣間みられるようになる。上記の「地域的了解の有効性」を憲章上で温存するために「集団的自衛権」の概念を生み出し、議会に対しては「国連によってアメリカの行動の自由が制約されることはない」という誤ったレトリックを以て批准にこぎつけた。
 冷戦期において安保理は「麻痺」の様相を呈したほか、また旧植民地各国の独立を経て、東西どちらの陣営にも属しない、ないし反帝国主義や反植民地主義の点でやや東寄りの主張を有する「非同盟諸国」が国の数の上で台頭、とくに国連総会において、アメリカにとり「目ざわりな存在」と化していく。アメリカ自身も、特にイスラエル関連で、自陣営の盟邦の擁護のために恣意的な拒否権発動を繰り返すようになる。こうした中で国連は、当初国連憲章が想定していた国連自身の強制行動から離れ、(1)受け入れ国の同意を得た上で兵力を派遣する(同意原則)、(2)紛争当事者の一方に加担しない(中立原則)、(3)要員の護身や拠点防護に必要な場合を除き火器を使用しない(自衛原則)という活動3原則をうたった平和維持活動(PKO)を本格化させていくことになる。
 冷戦終結後、国連システムは本来あるべき問題解決メカニズムを再稼働させるかのように見え、アメリカも1991年の湾岸戦争では安保理の授権を得るという、多国間主義のあるべき手順を踏んだ上で開戦に踏み切った。しかし最上氏は、これが「多国間主義の実践ではなく、実はその崩壊の序曲だったのではないか」という。多国籍軍に授権した安保理決議678の規定ぶりは「異常にゆるやか」であり、本来国連憲章が想定していた集団安全保障の意図、すなわち「(特定国の)単独主義的な行動に(集団という枠をはめる事で)規範的な抑制をかけること」から離れ、加盟国に広範な裁量を与えて武力行使を許可するという、ともすれば単独行動主義に一定の推進力を与えかねないものであった。実際のところ以降のアメリカは、1993年の第二次国連ソマリア活動の失敗もあり、徐々に多国間主義の枠から外れた行動を繰り返すようになって行く。そして1998年のイラク空爆では、国連の安保理決議を得ようとする努力をせず、また国連自身もアメリカに厳しく問いただす事をしなかった。最上氏は、この空爆を「国連体制が袋小路に入り込む、決定的な転換点だったのではないか」と述懐する。
 とはいえ同氏は、結局のところアメリカ自身も、「多国間主義的な政策目標や方法や手続きとしての国連を受け入れる」よう求め続けるしかない、と結んでいる。その背景には、「歴史的に、多少とも持続性のあった『帝国』は、ローマ帝国がそうであったように、異文化や自治を尊重する、ある種の多国間主義の体現でもあった。これに対し、多国間主義の枠の外に飛び出す事によって初めて成立する『帝国』は、自国に対する全世界朝貢体制でも築かぬ限り、永続性を持ち得ない」とする、世界史上の視点がある。

 幸いな事に、本書刊行後の2008年のオバマ政権誕生を契機に、アメリカは多国間主義に対する理性を、ある程度は取り戻しつつあるかのように見える。また、「異文化や自治の尊重」に必ずしも寛容とは思われない、新たな超大国・中国の台頭も、その背景の一つとして見ておくべきだろう。昨今のシリア内戦や東コンゴ騒乱に対する国連の行動を見る限り、この機構の機能不全はもはや構造的とも言えるが、それでもなお人類全体の希望を反映して行動しうる唯一の枠組みである国連を尊重するよう、アメリカや中国は常に自問しなければならないし、日本を含む他の国々は、そのように両国に働きかけ続けねばならない。

(2005年、岩波新書


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