Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

大津 司郎 『アフリカンブラッドレアメタル 94年ルワンダ虐殺から現在へと続く「虐殺の道」』

 ジャーナリストの大津氏が、自らの取材体験をもとに、各国によるコンゴの地下資源の争奪という視点からルワンダのジェノサイドから現在に至るコンゴ紛争までの道のりを追った本。

 1994年から現在に至るまでこの地域で600万人以上が犠牲になったと言われるが、この過程を記した日本語の書籍は驚くほど少ない。そして本書の価値は、研究者や政策担当者の本ではえてして触れられることの少ない、現場に居合わせた人だからこそ語れる臨場感(たとえば96年12月のタンザニアルワンダ国境のルスモ鉄橋を渡る帰還難民の人の「川」)、紛争に翻弄される市井の人々(キブンバ難民キャンプで出会ったマリアとトキオの母子)の視点にある。先日ゴーレイヴィッチの本に関する記事(http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/32720119.html
)でも書いたとおり「(コンゴ流入した)当時のフツ系難民の中には、ジェノサイドに関与した加害者、そして彼らに付き添わざるを得なかった無実の市民(「人間の盾」ないし人質として一緒に連行された人、加害者の家族、そして多くの幼い子供達)の両方が居たはず」なのだが、間違いなく無実の市民の一人で単にRPFの侵攻を恐れコンゴに脱出したマリアの名前は、大津氏が96年のコンゴからの難民大量帰還後に彼女の故郷の役場で閲覧した帰還者名簿の中には記載されていなかった。ADFL(RPF)の難民キャンプ侵攻時に、更に西方へ、コンゴのジャングルの中に避難して行った可能性は大いにありえる。本書は、大津氏がリフトバレーを眼下に二人に対して「アマクル(元気か)!」と咆哮するシーンで終わるが、まさに読者も悲しみと戸惑いの中で本書を綴じることになる。

 本書の主な切り口は、同地域の紛争長期化の最大要因となっている同国の地下資源、とくにレアメタルの存在である。本書では、大津氏が1995年5月のゴマのホテルのプールサイドで、フツ強硬派の幹部からコルタン(精錬するとタンタルになり、携帯電話やパソコンのコンデンサ等に使われる)の売買を持ちかけられたエピソードが紹介される。ジェノサイドから第一次コンゴ紛争の時期にかけ、この地域の多くの利権が、旧モブツ政権と関連する軍閥から、ローラン・カビラのADFLを経由して、英米そしてウガンダルワンダの企業へと移ったとされる。とりわけアメリカはこの地域で常に決定的な役割を果たし続けてきたが、モブツを見捨てて以降、親米のウガンダルワンダに対して多くの軍事経済支援を行い、この地域の紛争に大きく関与してきた。

 周辺各国がコンゴの利権を巡ってしのぎを削るという構図は、現在も続いている。コンゴ東部には今も数十の武装勢力が割拠しており、民間人に対する殺人・略奪・レイプをはじめとする非人道的行為が横行し、首都キンシャサによる統治の手は届いていない。彼らが延々と彼の地に留まり続けられる理由の一つは、地下資源から得られる利益によって自活できるからである。産出された資源の一部は、タンガニーカ湖ルワンダ国境を経由し、モンパサやダルエスサラームの港から世界市場に流れ出る。昨年11月、そのうち最大勢力のひとつであるツチ系のM23が、コンゴ北キブ州の州都ゴマを制圧、国際社会の非難を浴びた。国連は、ルワンダが火器・弾薬の補給や新兵の調達などあらゆる面で組織的にM23を支援していると非難しているが、ルワンダ政府はこの点を強く否定している。ただルワンダ政府にとっても、未だコンゴのジャングルに潜むジェノサイド容疑者(フツ系武装勢力)の討伐、巨大な隣国・コンゴに対する影響力の強化と並び、コンゴ東部の地下資源がきわめて有力な同国への介入理由になりうることは、容易に想像される。

 また本書では、確定的な言い方は避けているものの、ルワンダのジェノサイドは結果として当時のRPFによるルワンダ奪還にプラスの作用をもたらした、すなわちRPFが「権力奪還のために”虐殺”を巧みに戦略的に使った」可能性についても触れている。たしかに大津氏が指摘するように、平和的解決を目指す当時のアルーシャ協定(1993年)の枠組みは、政権の完全奪取を狙っていた反乱「軍」のRPFにとって、自らの存在意義を問われかねないものだった。そこでフツの過激派がツチの同胞を殺戮し、かつ国際社会が傍観せざるを得ないような事態が起これば、RPFの軍事行動に口を挟める者は誰もいなくなる。事実、以後のルワンダ情勢はこのとおりに展開した。ジェノサイドの引き金を引いたハビャリマナ大統領暗殺の実行犯として、当時フツ過激派のみならずRPFに対しても疑惑がもたれたが、RPF、そして現政権は、この疑惑を一貫して否定し続けている。

(2010年、無双舎

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