Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

渡邉 充 『天皇家の執事 侍従長の十年半』

 1996年から2007年まで宮内庁侍従長を務めた渡邉氏が、現在の今上天皇・皇后両陛下の公務や生活、人となりについて、多くのエピソードを交えて紹介する本。

 本書冒頭で紹介される、平成10年の天皇誕生日に際しての天皇陛下発言:「この(日本国憲法の)規定と、国民の幸せを常に願っていた天皇の歴史に思いを致し、国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています。」これは、渡邉氏によれば「陛下が十年間、天皇の務めとは何であるかを日々のご生活の中で模索し続けて来られ、到達された結論」であり、とくに「(日本国憲法の)規定」と「天皇の歴史」のくだりに、陛下の謙虚さと誠実な人柄がにじみ出ていると個人的には感じる。本書では、陛下が参加された数々の行事・儀式や外遊・国際親善、福祉・科学分野での取り組みなど様々な切り口で紹介されるが、陛下のそうした謙虚で誠実な人柄をあらわすエピソードには事欠かない。日々の懸案については、些細な事項であっても時間を惜しまず、時には明治・大正にまで遡って前例を調べた上で、現在に至る状況の変化も踏まえ柔軟な判断を下すのが常だという。平成8年のアラファト議長来日時、日本の経済援助への礼を述べる議長に対し「日本人は50年前の大戦で極めて大きな犠牲を払った。したがって日本の人々に取っては世界のどこであっても平和がもたらされることが一番大事であり、平和を実現するために世界の人々に援助をし、協力するのは当然のことなのだ」と返答、同議長は感激して直立不動、軍隊式の礼をして帰って行ったという。このエピソードからは、日本の歴史と世界における日本の立ち位置について、陛下が誰よりも深い思索と認識を重ねておられることが分かる。

 普段は皇室制度じたいに懐疑的な人でも、東日本大震災直後の、天皇皇后陛下のご対応に大きく心を動かされた人は多いのではなかろうか。かくいう当方もその一人で、震災から2日後のビデオメッセージ(天皇が国民全員に直接話しかけるのは昭和20年の玉音放送以来であったという)には、外地にいながら胸に熱くこみ上げるものがあった。また両陛下は震災直後、ご高齢の身体をおして、ほぼ週一回のペースで被災地・被災者のお見舞いに出かけられた。それらは、本書によれば「一泊すれば現地に負担をかけるからと、すべて日帰りのお見舞い」であり、長い車列を組むことを避け、宮内庁職員用のバスで移動することもあったという。震災の1年後には、心臓冠動脈パイパス手術を受けたわずか2日後に、天皇陛下が政府主催の一周年追悼式に出席、お言葉を述べられた。万が一天皇陛下が体のバランスを崩されたときに対応しやすいよう、皇后陛下は洋服・ヒールではなく和服・草履の衣装を選ばれた、との宮内庁談話も報じられた。渡邉氏は巻末で、現在の両陛下と国民の間には相互信頼関係が築かれている、と述べているが、こと平成の今上天皇に関して言えば、まさにその通りだと思う。

(2011年、文春文庫)

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