Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

薬師院 仁志 『日本とフランス 二つの民主主義』

 社会学者の薬師院氏が、日本における民主主義の議論を深めるべく、アメリカ型自由主義ではない、フランス型の平等主義に基づく民主主義の実状を紹介する新書。

 本書の前半部は、日本の戦後民主主義が抱えてきた矛盾を明らかにすることに力点が置かれる。欧米では一般的に、市民革命・産業革命以来の伝統を持つ自由資本主義が「保守=右派」であり、国家介入による国民間の平等により力点を置くのが「革新=左派」である。しかし日本では、戦時中に自由主義共産主義者が一緒くたに弾圧されたこと、また戦後与党が、食糧管理制度や護送船団方式といった、どちらかというと「大きな国家」よりの政策を取ったことから、「右派=保守=統制主義」「左派=革新=自由主義」という、欧米ではあり得ない奇妙な対立軸が出来上がってしまった。本書の発行後2008年には、小選挙区制導入の帰結として二大政党の対をなすはずの民主党が、ついに政権を握った。しかし、本書でも触れられているように、自民党民主党の違いははっきりしない。政策の根幹を成す政治思想がはっきりせず対立軸が見えにくい中、経済は低迷を続け、国民は政局に明け暮れる政治家に愛想をつかすという構図が、残念ながら定着してしまったようである。
 本書の後半部は、米国と比べて相対的に見た場合に、自由よりも平等に力点が置かれるフランスの民主主義が、具体例に紹介される。例えば近年の一人当たり労働時間の削減(週35時間労働)も、より多くの人に雇用と所得の機会を与えようとする、フランス型平等主義の表れのひとつだという。その背景にあるのは「連帯」の精神。著者によれば、これは「特定の集団や組織への所属を抜きにして、全員が一個人としての資格で協力し合うこと」であり、特定の集団内での結束を是とする、いわゆる「コミュニティ主義」とは相容れない概念である。当方もフランス人の同僚とこの点について議論したことがあるが、やはり一般的なフランス人にとって特定のコミュニティへの所属というのは、あまり馴染みのない考え方であるらしい。会社やサークル、地縁といった様々なコミュニティへの所属が人間関係の基盤となる日本人とは、つくづく違う思考様式だな、と思わされる。他方、薬師院氏は、公空間における異文化の問題、移民の同化、高福祉の裏返しである高い失業率・低雇用など、フランス型民主主義が抱える問題について触れることも忘れていない。個人的には、世界経済がほとんどアメリカ型自由主義のルールに基づいて運営されている中、フランス型平等主義に基づく経済がどこまで競争力を保てるか(とくに左派オランド政権において)、今後特に気になるところである。

 ちなみに本書は、フランス型平等主義についての議論をもとに日本の民主主義や政治・社会が目指すべき方向性は何か、という点については殆ど触れていない。紙幅の問題もあろうが、一つにはアメリカ型自由主義は是、あるいはフランス型平等主義は是、といった二元論的な考えでは全く答えにならない、ということもあると思う。結局のところは日本人自身が、こうした西洋思想の国々、あるいはアジア諸国の実状を横目でみつつ、自らの文化や歴史の流れに沿った、自らの政治社会システムを作り出して行くほかない。思考の取っ掛かりは色々あろうが、例えば、欧米のように政治思想上の対立軸がはっきりしないのであれば、いっそのこと二大政党制に執着せずに小選挙区制を捨て、少数者の多様な意見を反映しやすい中選挙区制に回帰するなど、色々なアイデアが考えられると思う。

(2007年、光文社新書

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