Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

米原 万里 『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』

 露語通訳・エッセイストとして知られた米原氏のノンフィクション。同氏が小中学生だった1960年代に一緒に学んだ、プラハソビエト学校時代の3人の親友たちの軌跡を、ソ連崩壊後に追いかけ、当時は知り得なかった彼女たちの真実にたどり着く。『不実な美女か 貞淑な醜女か』(http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/21610045.html
)のような一連のエッセイにも通じる読みやすいセンテンスだが、そのテーマは重く、激動の中東欧史と、その中で生きた女性たちの悲哀と強さを、鮮やかに描いている。

 本書でまず登場する女性は、母国の軍事政権から逃れてチェコスロバキアに亡命してきた共産主義者の父を持つ、おませなリッツァ。プラハの春に巻き込まれながら苦学して医者になり、1980年代に待ちこがれたギリシャに戻るも、環境になじめず西ドイツに渡り、移民の人たちを主に対象にした診療所を経営している。嘘つき癖のあるアーニャは、ルーマニア共産党幹部でチャウシェスクにも通じる父を持つ。学校でも浮くくらい大真面目に共産思想を語る反面、自身の生活様式はまさに特権階級のそれだった。市井のルーマニア人の生活が困窮を極める様子を横目で見つつ、自身は父の特権を利用して英国に渡り、そこに根を下ろす。自らを「90%以上英国人」と呼び、祖国の不条理をまっすぐ認識せず「21世紀には国境はなくなる」「狭い民族主義は不幸の元」と抽象論で自らを正当化するアーニャに、米原氏は悲しみと怒りを隠せない。ユーゴスラビアの元パルチザン兵士で、後にボスニア・ヘルツェゴビナ共和国大統領となる父に持つヤースナは、チトーが独自路線を進む中、ソ連からやってきた排外主義者の校長と対立し、ソビエト学校を退学。その後ユーゴスラビアに戻りベオグラードで外務省通訳として働くも、ユーゴ動乱の中で自らの出自(ムスリム人)を意識せざるを得なくなり、戦火が迫る中、なんとか気丈に生きようとする。
 ルーマニアの特権階級という自らの出自に思いを巡らそうとせず、同国の貧困や不条理から距離を置き、一般的な抽象論で世界を語るアーニャと、あくまで自らのアイデンティティを忘れず、戦火の中でも「ユーゴスラビアを愛しているというよりも愛着がある。国としてではなくて、たくさんの友人、知人、隣人がいるでしょう。その人たちと一緒に築いている日常があるでしょう。国を捨てようと思うたびに、それを捨てられないと思うの」と独白するヤースナは、本書の中で大きな対照を成している。米原氏はもちろん後者の考え方に立っている。具体的な出自や言語、思想によって人は違うのだし、誰しもその前提に立ったうえで他者ととともに生きていくものだ、というのが、本書の行間からにじみ出る米原氏のメッセージである。

 共産主義の名を借りた独裁・強権や、軍による圧政、経済格差や貧困、民族同士の争いなど、近現代の中東欧は、数多くの悲劇を経験してきた。その中で暮らしてきたひとりひとりが、時代の流れとどのように折り合いを付けながら生き抜いてきたのか、詳細に辿った日本語の書籍は少ない。本書はそのビビッドなイメージを、僅か300ページの短さながら、濃密かつ鮮やかに見せてくれる。希有なキャリアを持った米原氏でなければ書けなかった、希代のノンフィクション。

(2004年、角川文庫)

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