Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

百田 尚樹 『永遠の0』

 来春の映画公開も決まっている、百田氏のデビュー作にしてミリオンセラー。本書の名前だけは知っていたが、友人に貸してもらって読んだところ、あっという間に引き込まれて読了。
 
 主人公である司法試験浪人生が、亡くなった祖母の前夫(血のつながった自分の本当の祖父)である宮部久蔵の存在を知り、彼の当時の戦友たちを訪ねつつ、戦闘機乗りだった祖父がなぜ特攻で死んだのか、そのルーツを辿っていく。
 最初に会った証言者は、宮部は極端な臆病者であり、乱戦には参加せず、ときに落下傘で脱出した敵兵を射撃するような卑怯者であった、と述懐する。しかし何人もの当時の戦友に会っていくうちに、宮部は天才とまで呼ばれた操縦技術をもった戦闘機乗りであり、また多くの人に慕われた心優しい軍人であったことが分かる。宮部は、内地に残した妻と娘のために「生きて帰る」という信念を自らに課しており、高い操縦技術は生きて帰還するための絶対条件であり、そのために自らを鍛える努力を怠らなかった(戦闘機の中では固い操縦桿を握り、すさまじいGに耐えねばならない)。乱戦への突入や無謀な攻撃で自らの命を危険に晒すよりは、生還して次の任務に備えることを優先した。脱出した敵兵を射撃したのも、その敵兵の類希な操縦技術を恐れ、将来の危険を排除するためにあえて取った行動だった(宮部は、戦場では徹底したリアリストであり、また自らが人殺しであることを十分に自覚していた)。
 しかしそれでも宮部は、生きて帰ることができなかった。ベテラン搭乗員までもが特攻「命令」を下されるにようになった沖縄戦の終盤、彼は自分の乗り込んだ特攻機のエンジンが不調であることを見抜いた。しかしそこで彼は、操練教官時代に命を救われた若い予備士官との、機の交換を申し出る。なぜ彼は、あれほどまでに固執した、自ら生き伸びる道を選ばなかったのか。その理由は本書では明示されないが、そのヒントは、直前に彼が親しい整備士に漏らした言葉にあると思う。当時の宮部は、操練教官時代の教え子が乗る特攻機を護衛する任務に突いていたが、米軍の凄まじい対空砲火の前に、その護衛はほとんど意味をなさなかった:「何人死んだと思ってる!直掩機は特攻機を守るのが役目だ。たとえ自分が墜とされてもだ。しかし俺は彼らを見殺しにした」「俺の命は彼らの犠牲の上にある。彼らが死ぬことで、俺は生き延びている」。昔の宮部であれば違ったかもしれない。しかし今は、自らの教え子が、十死零生の作戦で命を散らしている。しかも自らの護衛は意味をなさず、機は任務を果たす前に、成す術なく米軍に撃墜されていく。そして、宮部が機の交換を申し出た予備士官は、かつて訓練中に一度命を救われた相手だった。
 「生きて帰る」という信念を課した宮部の孤独な戦いは、当時の時代背景を考えるとき、一層すごみを帯びて浮き上がってくる。当時の海軍においては、「生きて虜囚の辱めを受けず」に代表される、滅私の精神がすべてだった。彼は上官や同僚から疎まれることも多かったし、大本営の場当たり的な作戦で、彼の同僚と同じく、何度もみずからの命を危険に晒した。それでも、卓越した技術と精神力で、真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル、レイテ、と数多の戦場を最前線でくぐり抜け、終戦の直前まで生き長らえた。しかし最後には、「特攻」という世界史に残る不条理、無茶苦茶な作戦によって、その命を奪われた。本書では、特攻隊員がどのように選抜されたのか、といったディテールも詳しい。上官命令絶対の当時において、「志願する者は前へ出よ」という言葉に逆らえる者はまずいない。逆らったとしても、上官の個別説得を受け、それでも折れなければ、懲罰として絶望的な戦況の前線に守備隊として送られる可能性もあったという。沖縄戦の後期には、志願制ではなく通常命令によっても、特攻作戦が行われていたようである。

 本書は、他の書評でも言われているように、確かに現代の主人公や周りを取り巻く人物の作り込みが甘いなど、いまいち感情移入しにくいところはある。しかしそれでも、徐々に明らかになっていく宮部の生き様にはどうしても涙腺が緩くなってしまうし、クライマックスの、主人公の祖父母の真実が明らかになる下りには、思わず驚かされる。若い世代に大戦の記憶が失われていると嘆かれて久しいが、こうしたフィクションを通じて、戦争の非情さ、その中の人々の生き様について、考えを巡らせるエクササイズを続けていくことも、一つの妙案であるように思えた。
 因みに当時の日本軍の無策については、『失敗の本質』(http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/35175527.html
)や『大本営参謀の情報戦記』(http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/35143530.html
)なども詳しく、こうした本と一緒に読み進めると、よりいっそう本書の臨場感が高まると思う。

(2009年、講談社文庫)
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